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23-……帰さない。 絶対に。
「あの、さっきノンアノを複数連れて散歩しているヒトを見かけたんですが、この辺は多頭飼いしている家がけっこうあるんですか?」
ノンアノ用遊具のあるエリアに、いかにも高そうな服に、シャラシャラと沢山のチャームリードをつけたノンアノたちと、その子たちを見守る男がいたのだ。
しかし、ややくたびれた綿パンツとポロシャツという姿は、血統の良さそうなノンアノたちの飼い主にしてはどこか違和感があった。
「あー……まあ、多いというか、近所に三軒ほどありますね。可愛くていかにも高そうな子を三頭も四頭も飼って着飾らせたりして。しかもそのうち二軒のお宅は全然躾ができてないし、飼い主と一緒にいる時ですら愛情が足りていないのが丸わかりなんです」
彼は嫌悪感を紛らわすように、自分のノンアノの髪を優しくなでた。
公園の近くだけで多頭飼いの家が三軒もあるのか。ウチの近所じゃ考えられない。
「飼い主と一緒にいる時ですらってことは、さっきで散歩させていたヒトは?」
「使用人ですよ。この辺りじゃ、使用人兼愛人を持つヒトも珍しくないんです。でもさすがにあのヒトは愛人じゃないと思いますよ。あれだけノンアノを飼ってて、さらにあんな冴えない使用人を愛人にするわけないですもんね」
「ああ……」
使用人兼愛人なんて、そんな前時代的な文化の残るコミュニティがあるのか。
しかし、さっきのヒトが使用人だと教えられ、納得がいった。散歩をさせているヒトに対し、ノンアノたちが横柄な接し方をしていたため少し不思議に思っていたのだ。
「あの、傍から見ていてわかるほど、ノンアノに愛情が足りていないなら、多頭飼いしている家でノンアノが逃げ出したなんて話を聞いたりは……?」
これが一番聞きたかった事だ。
不審がられないよう、気をつけているつもりだが、何気ない質問を装えているだろうか。
「ええ、それこそさっきいたノンアノちゃんたちがいるお宅ではこれまでに二頭も逃げたって噂です。なのに、また飼い足すんだから懲りないですよね」
「そ、そのなかで、かなり変わったノンアノが逃げたって話は聞かないですか?ヒトみたいに大きな子が逃げたとか……」
自制はしたが、それでもやはり声が大きくなってしまう。
妙に食いつきのいいオレに、飼い主さんが苦笑いを浮かべた。
「ヒトみたいに大きなノンアノ?それ都市伝説とかですか?」
ゴローくんのいた家が特定できるんじゃないかと期待したが、そうすんなりとはいかないようだ。
「他の多頭飼いしているお宅でも、頻繁に脱走があったりするんですか?」
「いや、流石にそんな頻繁にはないですよ。一番最近でも、一、二年前、あそこの家だけだと思います。旅行中にお留守番させてたら逃げたって。当然ですよね。他の子は連れて行くのにひとりお留守番なんてありえないでしょ?」
眉をしかめた彼は、まだ目の潤むノンアノを慈しむようにぎゅっと抱きしめた。
一、二年前。
ということは……。
オレは男性とノンアノに手を振って別れを告げると、はやる気持ちを抑えながら遊具のあるあたりへと移動した。
……まだいた……。
間違いない。先ほどのノンアノたちと使用人だ。
一様に可愛らしい四頭のノンアノ。
一番小さく華奢なノンアノが動物の形をした遊具に座り、他のノンアノが揺らしてあげている。
とても仲が良さそうで、しかし、少し見ているだけですぐにわかった。
どうやら、ただ仲がいいわけではなく、ノンアノには序列のようなものがあり、特に華奢で可愛らしい、星を散りばめたようなブロンドのウエーブヘアの子は天真爛漫に他の子達を従えている。
その子が座る遊具を、葡萄色の髪をした子が揺らしてあげていた。
隣の遊具に座る、細身で一番顔が綺麗なプラチナブロンドのおかっぱの子は性格がキツいらしく、華奢な子以外に対し当たりが強い。
しかし葡萄色の髪の子は愛嬌ある笑顔でその子の意地悪を上手くかわし、少しぼんやりして右往左往する栗色の髪の子がそのしわ寄せを受けているようだった。
華奢な子の余裕ある態度から、この子が一番飼い主に可愛がられているのだろうと推測がつく。
それに対して隣の綺麗な子は、かなりストレスが溜まっているようだ。
愛嬌のある子は、間違いなく要領がいい。ぼんやりした栗色の髪の子は笑顔が常に寂しげで、この子も愛情不足が疑われた。
ノンアノたちを観察していたオレは、勇気をふりしぼって使用人という男に近づき、話しかけてみた。
「可愛い子ばかりですね。みんな飼ってるんですか?」
「……はぁ?ああ、まあな」
「他にももっと飼ってたり……?」
「は?」
「あ、いや、いっぱい飼ってるなら一度の散歩が無理でもっと家にいたり……」
「いない、いない。こんだけ面倒みるだけでも大変なのに、これ以上増やされてたまるかよ」
「多頭飼いとなると、やっぱり逃げられたりする事もあるんですか?」
「……あんた、何が言いたいの?」
無遠慮すぎるオレの言葉にノンアノたちがクスクスと笑っている。
そこに何か含みのようなものを感じた。
「あ、い、いやオレも多頭飼いしたいないと思って。やっぱり大変なんですね」
「多頭飼いなんかするもんじゃねぇよ。やめときな」
男が顔をしかめた。
「ノンアノにも色んなタイプがいるじゃないですか。ポッチャリした子とか、すごく大きな子とかも可愛いですよね。そういう子を飼ったことはないんですか?」
またノンアノたちの間にあまり感じがいいとは言えないクスクス笑いが起こった。
どうやら、耳の合図で何か会話してるようだ。
「デカいノンアノなんか可愛くもなんともねぇよ。そんな変わった奴が好きなら、勝手に飼えばいいんじゃないの?ただ自分で面倒見きれないんだったらノンアノなんか飼うもんじゃないよ」
不快そうな顔でオレとノンアノたちを見比べる。
この反応……。
「大きな子、飼ったことあるんですか?」
「てか、世話はしてるがこいつらは俺のペットじゃない。飼うならこんな気位の高いのや、デカイのなんかじゃなく、普通のノンアノが一番だと思うぞ」
「大きな子はなんでダメなんですか?」
「だから、飼いたいなら、飼えばいいだろ?ただ、可愛くねぇぞ?まあ、賢いノンアノなら、可愛くなくったって役には立つがな?」
「……へぇ……そうなんですか」
……この男の口ぶり。そして、ノンアノたちの反応。
彼らの家でゴローくんが飼われていた可能性がかなり濃厚なんじゃないか……?
「もう帰る時間だ。ほら、お前たち、行くぞ」
「あ、もうちょっとお話を……」
「はぁ?」
「い、いや、また今度お話を聞かせてください……」
諦めて、帰路につくノンアノたちに手を振り見送る。
一団が帰る方向を遠巻きに眺めていたが、ふと思い立ち、一定の距離をついていくことにした。すると、五分も経たずに、公園前通り沿いの高い外壁に囲まれた邸宅にゾロゾロと入っていく姿を確認できた。
あそこが、ゴローくんが飼われていた家……。
使用人の男に決定的な事は聞けなかったが、ノンアノたちの反応から、オレの中ではもう確信になっていた。
ゴローくんが連れ去られたあの公園から、こんなに近いのか……。
やっぱりゴローくんは自発的に家を出たんだろうか。もし迷子だったなら、この距離ならすぐに戻れただろう。
……いや、さっきも迷子のノンアノがいたように、この広い公園の北側で迷っていたなら、本当に戻れなかっただけという可能性も完全には否定できないか。
さっき話をした飼い主さんはヒトはゴローくんの姿を見たことがないようだった。
つまり、ゴローくんはみんなと一緒に散歩にすら連れて行ってもらえてなかったんだ。
だったら家に戻れなくても……。
いや、帽子をかぶっていたからノンアノだと気づかなかったという可能性もあるか。
……まただ。
こんなこといくら推測しても仕方がない。ゴローくんに聞けばすぐにわかる事だ。
どちらにしても、ゴローくんがあの子たちとはかなり違う扱いを受けていたということだけは間違いない。
ゴローくんは掃除や洗濯などを教え込まれており、ヒトの役に立ちたいと必死なまでに訴えていた。
だけどあのノンアノたちは、とてもじゃないが掃除を手伝うように躾けられている風には見えない。
オレが「大きなノンアノ」の話を持ち出した時の、あのノンアノたちのクスクス笑いだけで、ゴローくんが序列の最下層に置かれていただろうことは容易に推測できた。
自分の大切なヒト……いや、大切な存在がバカにされるというのはなんとも腹立たしい。
ノンアノは無邪気だからこそ罪悪感なく他者を虐げることがある。
そういうことはダメだと教えてあげるのは飼い主の責任のはずなんだ。
だけどあの子たちはそういう躾は全くなされていないようだった。
待てよ。
もし明日、ゴローくんとの面会でオレが飼い主として不適切と判断されたら、この家に戻される可能性も……?
いや、流石にないよな……。
仮にこの家でゴローくんがひどい扱いを受けていなかったとしても、元の飼い主がオレよりゴローくんを大切に想っているはずはない。
……帰さない。
絶対に。
気づけばオレは高い壁の向こうに覗く屋根をグッと睨んでいた。
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