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25-オレには『ノンアノに家出された飼い主』というレッテルが貼られている
黄色い壁に水色の柵。花壇のブロックはピンクに塗られ、敷地内は緑豊かで広場には遊具もある。
マザーのハウスを思わせるここは、俗に収容所と呼ばれる地域ノンアノセンターだ。
ここではホームで集団生活をし、活動棟と呼ばれる学校のような建物でノンアノでも遊び感覚でできる単純な仕事を与えながらも、それをやるかやらないかを含め自由に過ごさせているそうだ。
出迎えてくれた職員のキリュウさんは保育の先生のようだった。
優しげで明るく溌剌としたキリュウさんの後について建物を繋ぐ渡り廊下を歩いていると、きゃっきゃと楽しげな笑い声が聞こえてきた。
窓の中には下を向いて何か作業をしている子、はしゃいでいる子、窓にはりついてじっと外を見ている子などもいる。
「捨てられたんだ!捨てられたんだ!」
広場の隅で耳の欠けたノンアノが気弱そうなノンアノを指差して、けたたましく笑っていた。
「ちがうもん。捨てられてないもん!」
地面にぺったりとしゃがみ込んだ子が、嗤ってくる子の足元に向け、砂を投げつける。
「あー……また!こら!やめなさい!」
オレの前を歩いていたキリュウさんが駆け寄ってノンアノたちを引き離した。
そして一頭ずつ抱き上げ、何かを言って、別々にその場を離れさせる。
「すみません……」
こちらに戻って来たキリュウさんはちょっと気まずそうに頭をかいた。
からかっていたノンアノは捨てられた子で、からかわれていたノンアノは病気でもう長くない飼い主がその子の先行きを心配してここに預けたらしい。
ここにいる子たちの過去は様々のようだ。
だけど、最後まで飼い主の愛情をもらって、ここにいることになった子たちと、捨てられたり虐待を受けここに来ることになった子たちの様子は大きく違った。
恐らくさっきの欠け耳の子は、からかっていた子のことも自分と同じ『可哀想なノンアノ』ということにしてしまいたかったのだろう。
捨てられたノンアノの不安定さを目の当たりにしてしまうと、ゴローくんの様子も心配になってくる。
「あの、ゴローくんはどんな様子ですか」
「とても落ち着いてますよ。ゴローくんは『家出』で登録されてるんですけど、その割には怯えたところや凶暴なところがなくて……あ、すみません」
「いえ……」
オレには『ノンアノに家出された飼い主』というレッテルが貼られている。
『オレは虐待などしていない』と胸を張って職員との面会や、自宅訪問を受け、虐待や放置の疑いがはれたたからこそ、ゴローくんとの面会にまでこぎつけたわけだけど、やっぱり疑いの目で見られるのは気持ちのいいものじゃなかった。
でもそんなレッテル貼りも今日までだ。
面会の反応次第で、問題なければそのままゴローくんを連れて帰り、一緒に暮らすことができる。
もうすぐゴローくんに会えるんだ。
……そう思うと……。
なんだか緊張してきた。
もしかすると、ゴローくんもさっきの子みたいにやさぐれてしまっているかもしれない。
やさぐれどころか病んでしまう子もいると聞く……。
考え込み、足の止まったオレを置いて職員のキリュウさんが活動棟に入っていく。
「あれ……?こっちじゃないんですか?」
ノンアノたちは賑やかな声のする右手側で作業をしているはずだが、キリュウさんは建て増しされた棟の階段に向かっていた。
「あ……ゴローくんは……その……大きな体をからかわれることが多くて。作業中だと、仲の良い子がゴローくんをかばって騒ぎになることがあるんです」
ノンアノは子供と同じだ。多くの子が集まれば、どうしても大きすぎるゴローくんをからかう子が出てくるのはしょうがないのだろう。
けど、それより、仲のいい子がかばってくれるということに胸が震えた。
以前飼われていた屋敷ではひとりぼっちだったゴローくんだけど、ここでは友達が出来たのか……。
オレが連れ帰るとなると、その子と引き離すことになってしまう。
だからといって、ゴローくんをあきらめ、このままここで面倒を見てもらうなんて選択はあり得ない。
ああ……。
オレ、自分でも気付かぬ間に、心はもうすっかりゴローくんの飼い主になっていたんだな。
「ゴローくんは賢くて文字も少し読めますし、騒ぎを回避するためにあの子を隔離するんじゃなく、せっかくだから溜まってた書類整理を手伝ってもらおうってことになって、色んな部屋で作業してるんです。それで今日はこっちに……」
明るい階段を登ると書架の並ぶ部屋があった。
廊下の窓から二人の後ろ姿が見える。
その片方の頭に、一際目立つ大きく立派な黒い耳。
ドキンと心臓が跳ねる。
耳。……黒い……耳。
初めて見る。
あれが本当にゴローくんなんだろうか。
一歩近づくたびに、心音がドキドキとうるさい。
「あの、ゴローくんには今日オレが来るってことは」
「言ってません」
オレと対面した時のゴローくんの反応を見ることになってるからそれも当然か。
虐待疑惑は晴れても、他のことが原因でゴローくんがオレを嫌っている可能性だって残ってる。
ああ……怖い。
ゴローくんはどんな反応をするんだろう。
クールなゴローくんだから、喜んでくれたとしても、きっと反応は薄い。
けど、嫌そうに眉をしかめられたら……。
いや、嫌われてなくても、完全に忘れられ、まるっきり初対面のように不思議そうな目でみられたら……ああ、かなりダメージが大きい。
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