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26-逃げられた

窓から覗くと、ゴローくんはデータと照合を済ませた書類に、出力したバーコードを貼る手伝いをしているようだ。 オレは職員のキリュウさんに言われ、中から見えないよう入口のそばに控えた。 そしてキリュウさんがサッと扉を開け、中に入る。 「ゴローくん、ちょっといいかな。君に会わせたいヒトがいるんだ」 「はい」 扉の外に伸びてきたキリュウさんの手がオレを手招きする。 ……はぁ……。 息を整え、オレは部屋の中に入っていった。 テーブルにつき、こちらを振り返るクールな横顔。 頭の上には黒い耳、すっとした切れ長の目、大きめの口。さっぱりした白い半袖シャツに濃紺のボトムス。 そして……。 ゴローくんはガタッと椅子から立つと、逃げるように奥に走って窓に張り付いた。 「え……」 職員のキリュウさんの視線がサッとオレとゴローくんの間を行き来する。 オレはショックよりも焦りを覚えた。 もし逃げられでもしたら、たまらない。 「ゴローくん、迎えに来たよ」 パッと手を広げるが、窓に張り付いたゴローくんがブンブンと横に首を振る。 「ゴローくん、飼い主さん来たよ?」 キリュウさんがゴローくんに近付いていく。 「飼い主さんじゃ……ないです」 低く呟いたゴローくんが唇を噛んで下を向いた。 「ゴ……ゴローくんっっ………」 ガコンと殴られたような衝撃だった。 ノンアノだと知ってすぐの頃はゴローくんを飼うか飼わないかで悩んでいたクセに、いざゴローくんに飼い主じゃないと言われると、ショックで胸がえぐられる。 「ハクトさんはゴローくんの飼い主さんじゃないの?」 コクコクと頷くゴローくんの耳がキュッと後ろに向いてしまっていた。 ああ……キリュウさんに向けられる視線が痛い。 「ゴローくんは、ハクトさんと一緒に以前いたおうちに帰るの、嫌なのかな?」 ピクンとゴローくんの肩が跳ね、視線がさまよう。 「……イヤじゃないです。けど、僕は邪魔だから」 「ゴ……ゴローくんっっ……!邪魔じゃないよ!」 「えっ、えっっ……ハ、ハクトさん!?」 ゴローくんがオレの顔を見て驚き、二歩三歩と近付いて来て、手をワタワタとさせている。 「な、泣かないでハクトさん……」 「え……?」 なんだか視界が滲むと思ったら、オレはダラダラと涙を流してしまっていたようだ。 「僕……ハクトさんを泣かせてしまった……。ごめんなさい!!」 「えっゴローくん!?」 顔を引きつらせたゴローくんは、オレとキリュウさんの横を通り過ぎ、廊下に飛び出して行ってしまった。 ◇ 「ゴ……ゴローくん……」 すぐに追いかけなきゃと思うのに、逃げられたことがショック過ぎて力が抜け、床にへたり込んでしまった。 その上、涙腺が壊れてしまったのか、あごまで濡れ放題だ。 打ちひしがれ、テーブルの足を掴む。 ようやく会えて、なのに、飼い主じゃないと言われて、逃げられて。 でもたしかに、飼い主らしいことは何一つしていないから、そう言われてしまうのも当然かもしれない。 ああ。 もっと早くゴローくんがノンアノだと気付いていれば。 もっと早くに遠くの施設にも問い合せをして行方を探していれば。 後悔が肩にのしかかる。 床に沈み込みそうなほど落ち込んだ。 なのにそんなオレを見下ろすキリュウさんは、なぜか半笑いだ。 「待っててください。今ゴローくんを連れてきますから」 「…………」 まともに返事もできない。 しかしキリュウさんはさらに笑顔を深くした。 「大丈夫ですよ。ゴローくん、ハクトさんを見た瞬間、シッポカバーをザカザカいわせてましたから」 「…………」 この部屋で書類整理をしていた職員さんと連れ立ってキリュウさんがゴローくんを探しに行った。 オレは二人の後ろ姿を見送りながら、手の甲で涙を拭った。 だけど、溢れる涙で手首まで濡れ、全く追いつかない。 こんなとこで子どもみたいに泣いて……ほんと情けない。 『シッポカバーをザカザカ言わせてましたから』か……。 やっぱりゴローくんにはシッポがあったんだな。 でも……はぁ……シッポカバーをザカザカって……それ、どういう意味なんだろ。 ゴローくん……。 耳は大きかったけど、多分シッポは小さいんだろうな。 ああ、打ちひしがれてるのに、ゴローくんのシッポは、若々しく雫を垂らしていたアレと同じくらいのサイズなのかなとか考えてしまうオレって……。 はぁ……。 ダメだって。 お尻の割れ目をかすめて肌をピタピタ叩く愛らしいシッポなんて想像してる場合じゃないだろ、オレ……。

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