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27-乏しい表情のままシッポだけはブンブン

部屋から走って逃げてしまったゴローくんは、あのあと職員のキリュウさんに確保され、なんだかんだでオレは家に連れ帰ることが許可された。 ゴローくんに逃げられた時には、職員さんに引き渡しを拒否されるに違いないと絶望したものだ。 あの時のキリュウさんの苦笑いの意味もオレにはさっぱりわからなかったし。 ゴローくんは帰宅準備のために一旦ホームへと戻り、オレは手続きのため応接室へ。 説明を聞き、書類に署名をしながらも不安で、オレはキリュウさんを質問ぜめにしてしまった。 ゴローくんが窓際に逃げたのは、もちろんいきなりオレが現れたからだが、理由はそれだけじゃなかった。 キリュウさんがゴローくんに聞いたところによると、ゴローくんはオレが新しいノンアノ(ノンちゃん)を飼ったと思い込んでおり、『ノンちゃんの飼い主の匂い』に変わったオレの匂いを嗅ぎたくなかったからだったそうだ。 そして『なぜだかわからないけど泣かせてしまった』ので、申し訳なくて今度は部屋から逃げ出した……ということらしい。 そして謎だった『シッポカバーをザカザカ……』というのは……。 シッポの小さい子が、シッポ穴にフラップの付いていないズボンを穿くと、シッポが上がった時に穴からお尻が見えてしまう事があるらしく、それを防ぐために付けるのがシッポカバーらしい。 特にゴローくんの場合はヒト用のズボンを職員さんがハサミで切って作ったシッポ穴なのでカバーは必須だそうだ。 そしてオレの顔を見た途端シッポカバーをザカザカ言わせてたということは、つまりゴローくんはオレとの再会に興奮し喜んでくれていたのだ。 ちなみに怖がっている場合はシッポが尻にピタッと張り付くらしい。 あのクールフェイスのゴローくんが、乏しい表情のままシッポだけはブンブン振ってたなんて。 はあ。可愛すぎる。 そして、一ヶ月半前のあの日、何も言わずにウチを出て行ってしまった理由もわかった。 これもやっぱり、原因はオレがノンちゃん(改めキュリオ)をレンタルしたからだった。 オレは酔った勢いでゴローくんに手を出し、うっかり飼い主となってしまったわけだが、賢いゴローくんはオレが『ゴローくんをノンアノだと気付いておらず、飼い主になるつもりもない』ということをしっかり理解していたようだ。 それからは、オレにノンアノだと気付いて欲しいけど、気付かれれば良くないことになるんじゃないかと心が揺れ、不安を抱えていたらしい。 それは、以前居候をしていた日用品店の店主に『ノンアノだとバレると収容所に連れて行かれる』と脅かされていたことや、自らヒトのフリをしてオレを騙していたという罪悪感に加え、以前飼われていた家でずっと出来損ないのノンアノと言われてきた影響が大きいようだ。 それでも、キリュウさんが以前ゴローくんに飼い主(オレ)について聞き取りをした時には、屈託のない笑顔で『ハクトさんは、飼う気はなくても、とっても優しい旦那さまだったから、一緒に居られて嬉しかったです』と言ってくれていたという。 そんなゴローくんの健気な気持ちも知らず、押しに負けてオレはノンアノのお試しレンタルをしてしまった。 ゴローくんが『自分を飼っている自覚のない飼い主が可愛いノンアノを飼い始めれば、もう自分に愛情が向くことはない』と考えたのは当然の事だろう。 オレの対面に座る職員のキリュウさんが、寂しそうな、だけど少しくすぐったいような複雑な微笑を浮かべた。 「ゴローくん、以前の家では、旦那さまにかまってもらえなくても平気だったのに、これからハクトさんがノンちゃんを可愛がるところを毎日見ないといけないんだと思ったら、とっても悲しくて、もうお家に居られないと思ったそうです」 「……そんなことを」 「ノンちゃんは抱っこしてもらえるけど、僕は大きいから抱っこしてもらえないって言ってました。ああ、あと……あ、いや……」 「あと、なんですか?」 「いや、ゴローくんから聞いてたときは、そうなんだねって思っただけだったんですけど、さすがにご本人を目の前にしては言いづらいんで察してください。とにかく、ゴローくんはやっぱりハクトさんは自分よりノンちゃんのほうが好きなんだなと思う場面に何度か遭遇したらしくてですね……」 「たしかにノンちゃんはすごく可愛かったですけど、オレがずっと一緒に居たいと思っているのはゴローくんだけです。たとえどんなに可愛いノンアノだってゴローくんの代わりにはなりません。これは今後共に暮らす上でも大切なことだと思いますので、どうしてそんな勘違いをさせてしまったのか教えてもらえませんか?」 言いよどんだキリュウさんにしつこく食い下がると、左下がりの前髪で少し顔を隠しながら目を泳がせ口を開いた。 「まあ、その……あくまでゴローくんが言うには……なんですけど、新しい飼い主さんは……あ、ハクトさんのことですね、で、その、飼い主さんは非常に発情しやすいタチだそうで。朝晩はよく発情していたけど、自分にふれたのはお酒で失敗した時だけ。でもノンちゃんが来てからは発情状態のままとても楽しそうにベッドで遊んでいたと……その……ええ……」 おぉ………。 「ゴローくん、そんなこと……」 頭を抱え、テーブルに突っ伏した。 「ち、違うんです。ノンちゃんって、まだ一歳ちょっとで、なかなか寝ないから、いや、寝るって、普通の『(ねむ)る』の方で、遊んでたっていうのは、文字通りおもちゃとかで……あ、いや、おもちゃって、普通のノンアノ用のおもちゃですよ?自分のベッドで寝たがらないから遊べば疲れて眠るんじゃないかと……別に幼子に欲情しておもちゃにしてたとか、そういうヤツではないです!!!」 「あ、はい。ノンちゃんの飼い主にはなってないようなので『手を出してない』というのは、はい」 キリュウさんの微妙な返事に、さらに焦った。 「いや、ほんと違うんです。ノンちゃんは子供として可愛いかっただけで、オレがムラムラしてたのは風呂上がりのゴローくんとか、寝起きのゴローくんで、気だるい様子が色っぽくて、むしろ手を出さないよう、必死で我慢してたっていうか……。見ちゃうとムラムラして、それにつられてノンちゃんが火照るから、なるべくゴローくんを見ないようにしてたんですっ!」 「そ……そうですか」 力説するオレに、キリュウさんがなんとも気恥ずかしげに頬を染めた。 「あ……はい。その……だから、オレはゴローくんの方が……はい」 「それは……えーっと、よ、よかったです」 「良かったのかな?はい。良かった……です?」 なんだかおかしな空気になってしまった。

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