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28-ゴローくん、お別れだから、手を振って
ちょっと困り顔のキリュウさんが、おかしな空気を払拭しようと無意味にファイルを開いたり閉じたり落ち着かない。
「いや、普通のノンアノちゃんなら、ちっちゃくて可愛いから、ソウイウ話もなんとなくフンワリ受け止めるんですけど、ゴローくんは大っきくてヒトみたいだから、なんか生々しいですね、ははは……あ、いや、すみません」
「あ、いえ、その……こちらこそ、その、生々しく想像させて済みません」
「え、想像……あ、いや、僕はそこまで生々しくは……し、してません。そんな、ハクトさんとゴローくんのそんな想像なんて、そんな」
オレの余計な一言にかえって刺激されてしまったらしく、首まで真っ赤になったキリュウさんが、妄想を打ち消すように両手をブンブンと振った。
「そもそもオレは、ノンちゃんみたいな可愛いノンアノは守備範囲外というか、飼う気はなかったんです。クールで大人っぽいヒトの方が好きで、でも、ゴローくんはヒトとかノンアノとか関係なく、すごく好みで、そんなゴローくんと一緒に居られるとなれば、他に目移りすることはありえません」
「そうですか。良かった……。実は、ゴローくんってあまり一般ウケしないノンアノちゃんですけど、ここにいるとちょっとマズイと言うか……あ、いや、なんでもないです」
「え、何か問題があったんですか!?」
またキリュウさんが言葉を濁したが、オレは必死で食い下がった。
「あー、いや、ゴローくんが問題というわけじゃなく……。その、ここのノンアノちゃんたちは愛に飢えている子が多くて、かつてはそんなノンアノちゃんにほだされ、ついつい手を出してしまう職員も少なくなかったため、今では直接ノンアノちゃんを指導する職員は適性テストを受け、恋愛対象と性的嗜好がヒトに向いていると判断された者だけに限られているんです」
「へぇ、そんなテストが……」
「恋愛対象はヒトでも、職員たちは皆ノンアノちゃんに対する愛情はヒト一倍なんです。そこにまるっきりヒトにしか見えないゴローくんが現れたわけですから……いつか職員の誰かがフラリよろめいてしまうんじゃないかと、密かにざわついていたんです……」
「え……」
「あ、大丈夫ですよ、今のところは何もないです。でも仮にゴローくんがこの先何年もここに居たとして、恋ビトの居ない職員がゴローくんに特別に懐かれ、真っ直ぐな目で見つめられ、ちょっと甘えられでもしたら……まあ、無理ですよね。ええ、絶対拒めませんよ!」
妙に力説する。
「えーっと、キリュウさん、恋ビトは」
「いません」
でしょうね。
「いやあ、僕もゴローくんみたいなノンアノを飼えるんだったら、ノンアノセンター辞めてもいいです。実に羨ましい。いや、ハクトさんみたいなヒトに飼われるゴローくんもちょっと羨ましいですけど。まあ、なんていうか、結局恋ビトが欲しいなって話ですよ!全く、恋ビトってどうやったらできるんですかね。は……はははは」
気まずさを誤魔化そうとして、余計に墓穴を深くしている。
「キリュウさんだったら、笑顔で好きなヒトの手でも握ればすぐですよ」
「あー……そ、そうですか。僕、一生恋ビトできないかも……」
「え、なんでですか」
「手なんて握れないですよ!」
大袈裟なくらいにブンブンと両手を振る。
「じゃあ、手以外のどこか……」
「もっと無理ですよ!ああ……ノンアノちゃんなら体のどこにふれても大丈夫なのに。ヒトとノンアノちゃんってどこが違うんですかね」
「それはキリュウさんの方がよくご存知なんじゃないですか?」
何かを思い浮かべてたキリュウさんがバッと手で顔を覆った。
「む、無理ですよ!ヒトのそんなとこ絶対さわれません!」
「え……どこです?」
「び、尾てい骨さわるとか、完全に痴漢じゃないですか」
別にヒトとノンアノで違いのある部位をさわれなんて言った覚えはないんだけど。
キリュウさん、かなり混乱しているみたいだな。
「まあ、尾てい骨をさわることに比べれば、手を握る方が簡単じゃないですか?感謝の言葉を伝えながら、ちょっと長めの握手をして、笑顔で目を見つめるとか……」
具体例を示そうと手を出すと、キリュウさんが両手を後ろにサッと隠した。
「や、やめてください。練習だとしても絶対握りません!もしハクトさんに惚れちゃったらどう責任とるつもりですか!」
……キリュウさん、本気で言ってるのか?
あまりのピュアさについ苦笑してしまった。
「じゃあ『僕、手を握られただけで惚れちゃうんです』って周囲に言っておいたらどうですか?その上でキリュウさんの手を握ってくる人がいたら、そのヒトはキリュウさんに気があるってことですよ」
キリュウさんが感心して、ホウと息を吐いた。
「そっか、じゃあ早速言いふらしてみます!でもその先を考えると……ああ、僕もハクトさんみたいに酔った勢いで手篭めにしちゃうくらいの根性があったらなぁ」
「……は……ははは……。為せば成るですよ。ただ、その場合は『確実に自分に気があるヒト』じゃないと大変なことになりますけど」
「ああなるほど、確かに。でも『ヒト』だと思ったらノンアノだったなんて、そうそうあることじゃないですから」
「いや、そういう意味じゃなく……」
キリュウさんがすごく純粋な目をして、オレの『やらかし』をえぐってくる。
ゴローくんがウチを出て行った理由を聞いていたはずが、なぜかキリュウさんの恋ビトゲット作戦に着地してしまったが、手続きの方は滞りなく済んだ。
その後、施設の玄関へ車をまわすと、退所準備を終えたゴローくんの他に二頭のノンアノがお見送りに来てくれていた。
どうやらみんなの前で飼い主の元に戻ると発表すると、様子がおかしくなる子などが出てしまうので、特に仲良くしていた子だけが呼ばれたらしい。
茶色いおかっぱ頭の子と、オレンジのふわふわした髪の子、どちらも身長はゴローくんの胸くらいまでしかないが、オレよりもずっと年上だそうだ。
きっとゴローくんがからかわれた時にかばってくれていたのもこの子達なんだろう。
「ゴローくんなんかキライ!」
仲が良いはずなのに、茶色いおかっぱ頭の子がゴローくんをキッと睨んだ。
ゴローくんの耳がヘショリと下がり、怒鳴った子は隣のオレンジの髪の子の腕を掴んで後ろを向いてしまう。
オレンジの髪の子が間に入り、ゴローくんと茶色い髪の子の背中をさすった。
「ゴローくん、旦那さまが迎えに来てくれて良かったね。いっぱい可愛がってもらわないとね」
その子の言葉にゴローくんが小さく頷きながらも、哀しげな目でなじってきた茶色い髪の子を見つめる。
すると、茶色い髪の子がパッと振り向いて、ゴローくんの腹に抱きついた。
「キライなんてウソ。居なくなるのがイヤだからキライって言ったの。ホントはお友だちだよ。ゴローくんもニレがしてもらってたみたいに、旦那さまにいっぱい可愛がってもらってね!」
ゴローくんはホッとしたように微笑んで、その子の頭を優しくなでた。
そして、オレンジの髪の子にもキュッとハグをする。
「ゴローくんと仲良くしてくれてありがとうね」
少しかがんで二頭に感謝を伝える。
「ゴローくんの旦那さま、ゴローくんより小ちゃくない?大丈夫。ちゃんと可愛がってあげられる?」
茶色い髪の子に心配の目を向けられてしまった。
「このヒトはまだ若いから、きっとこれからもっと大きくなるんだよ」
オレンジの髪の子が、茶色い髪の子を安心させるように言う。
……オレの成長期は十年近く前に終わったよ。
心の中で呟いてハっとした。
ゴローくんがこれからさらに身長が伸びたら、本当に身長を抜かれてしまうかも。
「ゴローくん、身長って今もまだ伸びてる?」
「自分じゃ見えないので、わかりません」
「……だよね」
ゴローくんはこの施設に入るまで、身長を測ったことすらなかったらしいし。
でも、ゴローくんは体重が軽いから……。
オレは二頭を安心させるように、ゴローくんをサッとお姫様抱っこして見せる。
「これからオレがちゃんとゴローくんを守っていくから。これまで、ゴローくんのこと、本当にありがとう」
……けど……。
「ゴローくんの旦那さま、ゴローくん本当に大丈夫?」
ゴローくんが初めての横抱きを怖がって、ガタガタ震えてしまっている……。
「だ、大丈夫。ほら、ゴローくん、お別れだから、手を振って」
「…………」
大人びたクールフェイスが引きつり、振られる手もぎこちない。
「ゴローくん、帰ってきたくなったら、いつでも戻ってきていいよ!」
「うん、戻ってきたらまた一緒に遊ぼう!」
二頭の気遣いがオレに突き刺さる。
戻ってきたらって、その再入所はオレがゴローくんに捨てられる前提だよな……。
「……だ、だいじょうぶです……バイバイ」
むしろ心配になりそうなゴローくんの『大丈夫』だけど、本当に大丈夫だからね?
ああ、玄関わきで様子を見守っていたキリュウさんが笑っている。
なんとも締まりのないお別れになってしまったけど、見送りにきてくれた二頭の様子だけで、ゴローくんがここではとても温かく受け入れられていたんだということがよくわかった。
ここに来るまで、ゴローくんは同じノンアノにさえ優しくしてもらったことがなかった。なのにオレは、ゴローくんにとって初めての友達と引き離そうとしているんだ。
もちろんゴローくんはそれを不満に思ったりしないだろう。
だからこそ、オレの方が『ゴローくんに可哀想なことをした』と後悔してしまわないよう、大切にしてあげないと……。
「お世話になりました!」
キリュウさんや、窓から見送ってくれる職員さんたちに大きな声で感謝を伝えると、オレはゴローくんを連れ、ノンアノセンターを後にしたのだった。
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