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29-キ、キスしていいかなぁ!
ノンアノセンターからハイウェイを使えば、我が家の最寄りのICまで一時間ちょっとオート走行ができる。
豊かな自然の間を走り抜ける車中で、オレは今度はゴローくんを質問ぜめにしてしまった。
そしてわかった事。
ウチに来た時、ゴローくんは記憶喪失なんかじゃなかった。
ゴローくんは居候をしていた商店の店主に『ノンアノだとバレたら収容所行き』と言われ続けていたため、目が覚めてオレとコクウに色々聞かれたときに、言えない事やよくわからないことがあり、黙り込むしかなかった。
するとコクウが部分記憶喪失に違いないと決めつけたというわけだ。
ちなみにゴローくんは、部分記憶喪失の意味自体をわかっていなかったらしい。
ウチでの生活は気に入ってくれていたし、心配していた古本屋の手伝いに関しても、楽しかったと言ってくれた。
ゴローくんに、ウチに帰ったらこうして欲しいなど希望はないかと聞けば、『一度でいいから一緒に散歩をして欲しい』……なんて。
それを聞いたら、いてもたってもいられなくなった。
予定を変更し、海と山を広く見渡せる高原でハイウェイをおりる。
この先の高台はドライブデートで人気のビュースポットなのだ。
高台に広がる草原の端は海をのぞむ崖になっていて、オレたちの住む街はもちろん、ゴローくんを連れて行きたいと思っていた白砂青松もかすかに見えた。
遊歩道の起点にある駐車場に車を止め、ゴローくんを車外に誘う。
「ウチに帰る前に、お散歩しよう」
見晴らしのいい遊歩道の途中には展望広場も整備されている。
周囲は草原、左手は崖、正面は海、そして右手にオレたちの住む街並みが広がる絶景だ。
空はどこまでも遠く、海は光を反射して輝く。
そよそよと風になでられながら、二人並んで歩いた。
「……どうしたの?」
ゴローくんがなんだか緊張している。
「お散歩は初めてなので、どうしたらいいかよくわかりません。僕、変じゃないですか?」
「ふふっ。変じゃないよ。散歩って、運動のためとか目的がある場合もあるけど、基本的には歩いて気持ちよく時間を過ごすだけでいいんじゃないかな」
「気持ちよく……」
「うん。風景が綺麗だなとか、ふたりで一緒にいられて幸せだなとか、そんなことを考えながら歩けばいい。いや、何も考えなくてもいいよ」
「……幸せ……なので、幸せだなって思いながら歩きます」
ゴローくんのクールな横顔に少し照れが混じった。
ああ……照れかたさえも控えめで、かっこいいのに可愛らしい。
居候先や以前飼われていた屋敷での事を知っていくうちに、オレの中でゴローくんにどこか弱々しい子供のようなイメージが加わってしまっていたけど、久しぶりに間近で見ると記憶の中よりずっと大人っぽく、たくましかった。
でも、ノンアノセンターで友人が出来たことにより、ゴローくんに自信がついて余裕ができ、より大人っぽくなったのかもしれない。
はぁ……。
困ったなぁ……。
オレはどうやら会えなかった一ヶ月ちょっとで、さらにゴローくんのことを好きになってしまっていたようだ。
っ……意識したら、ちょっとドキドキしてきたな。
あ……。
これ、ゴローくんとオレの初デート……なんだよな?
……手……握りたい。
こんなクールイケメンと手つなぎデートなんて、子供っぽくて似合わないかな?
オレが飼い主なんだから、ゴローくんは嫌がりはしないはずだ。
それに手つなぎが子供っぽいかもって心配したところで、そもそもゴローくんはまだ七歳。
ヒトの年齢に置き換えてもオレより年下。
手……手ぐらい……。
すっきり長くて、形のいい手だなぁ。
ああ……こんな細かいとこまでオレ好みとか……。
はぁぁぁ……。
迷いながら近づけた手がチョンとぶつかると、ゴローくんが微笑んだ。
ノンアノらしさゼロの、大人っぽくてミステリアスな笑み。
本当にこのヒト……いや、この子が、オレのペット……なんだな。
オレの……ゴローくん……。
きゅぅん……オレの胸の高鳴りが青空まで揺らした気がした。
チョンと手の甲に指を当てると、ピクンと反応する。
ゴローくんがまたちょっと緊張し始めたような……。
オレはおずおずとゴローくんの手を握った。
大きさはオレと同じくらい。握り返してくる力はふんわりと優しくて、くすぐったいくらいだ。
ふたりの手のひらの間で、甘く温かな空気が生まれていく。
トクン、トクン……。
自分の心音が鼓膜に反響する。
……ドキドキしすぎだろ、オレ。
ゴローくんとはキスもしたし、その先もちょっとしていて、こんなドキドキしなくてもオレだけを見てくれる、オレのノンアノなわけで……。
でも、ああ……はにかむゴローくんの顔を見ると、やっぱり周りに聞こえそうなくらい胸がキュンとする。
あ、カサカサ音が……シッポ、振ってくれてるんだ。
もうキュンキュンが止まらないよ。
「手をつないで外を歩くのは……初めてです」
「えっ?そうなんだ」
眉根がちょっと寄ってむず痒そうな表情。
……ゴローくん、かなり照れてる?
ああ、もう、離れている間、ずっとゴローくんのことを思って、ゴローくんに会いたくて、ゴローくんに飢えて、飢えて、飢えまくってたから、ちょっとしたことで気分が盛り上がりすぎてしまう。
もっと落ち着け。オレは飼い主だろ。
これから先、ゴローくんとずっといられるんだ。落ち着け、落ち着け。
ふと目をやれば、弓なりの青い水平線が目に入った。
広くて、綺麗で……。
そうだ。この海のようにもっと余裕と包容力を持って……。
落ち着け、落ち着け。
「ゴ、ゴローくんっっっ!キ、キスしていいかなぁ!」
「はい」
落ち着こうとした努力も虚しく、まぁまぁキモい感じで声が裏返ってしまったけど、ゴローくんは全く気にしていない。
実は施設を出る前に、職員のキリュウさんに「関係が薄まっているようなので、早めにキスなどで飼い主さんを再度覚えさせてあげてください」と言われていたのだ。
ゴローくんも一緒にそれを聞いていたが、表情一つ変えず、キスも事務手続きの延長くらいにしか思ってないみたいだった。
けど、オレはせっかくなのでこの機会に、一か月半前にゴローくんにできなかった告白をし、それからキスをするつもりだ。
もうすでに飼い主なんだから、告白をしたところで答えは『イエス』しかないのはわかってる。
でも、けじめというか、『酔っ払った弾みでキスしたから、仕方なく飼うことにした』疑惑を晴らすためにも、きちんとゴローくんにオレの気持ちを伝えたかった。
歩みを進めながら握る手にぎゅっと力を込めると、ゴローくんが眩しそうに目を細めオレを見つめた。
ワイルドクールなゴローくんの 頭の上で、風にくすぐられた大きな耳が時折ピッピッと振られているのが愛らしい。
愛しさが湧き上がり、体じゅうに染み渡って行く。
オレは見晴らしの良い木陰で止まると、大きく息をついてゴローくんの両肩に手を置いた。
「ゴローくん。大切にするから、オレと……オレと一生一緒にいてください」
黒い目が、オレを真っ直ぐに見つめる。
その頬は少し上気していた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「一生は無理です。お使いに行ったり、ちょっと離れたりすると思います」
正論で返された。
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