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31-手取り足取り甘やかし方を教える

首筋のきめ細かで滑らかな肌に手を滑らせた。 その心地よさにゾクゾクとする。 「んっ……」 「随分敏感になっちゃってるね、ゴローくん。……えっ……あれっっ!? ゴローくん!?」 小さく息を飲んだゴローくんがくたりと崩れ落ちて……。 まずい。本当に倒れてしまった! 「ゴローくん!大丈夫!?」 いや、大丈夫じゃないから倒れたんだ。 どうしよう、ここに一旦寝かせて……いや、車に寝かそう。 ああ、ゴローくんが軽くて良かった。 平らにした助手席に寝かせ、ほてった顔をあおぐとゴローくんはすぐに意識を取り戻した。 「ごめん!ゴローくん……!」 足を車外に残し、泣きそうになりながら謝るオレに、ゴローくんは背を向け膝を抱えて丸くなってしまった。 謝罪すら完全拒否!? ど、どうしよう……。 「嫌がってたのに、オレ、本当にごめん……!」 運転席側を向いたゴローくんがサナギのようにかたく膝を抱きしめる。 慌てて車外から回り込み、運転席に座って謝ると、ゴローくんがチラっとだけ視線を寄越してくれた。 そして低い声で呟く。 「恥ずかしいので、見ないでください」 「え?」 「だから……体が……その、え、えっち?になってるので、見ないでください」 さらに丸くなったゴローくんがギュッと目をつぶった。 「え……。そりゃ見るよ。エッチな体を恥ずかしがるゴローくんとか、見たくてたまらないに決まってるだろ?」 驚いてバッとこちらを見上げたゴローくんの目が、オレの興奮に反応してしまったらしく、ゆっくり白目をむいていく。 ああ。懲りてないな、オレ。 「ごめん、ごめん!見ない!見ないよ、見ないから!もう帰ろうね?家まで車ですぐだし、ゴローくんはそのまま横になってて!」 また気を失ってしまわないようゴローくんの頬を軽く叩き、急いで車を発車させた。 きつく自分の体を抱きしめていたゴローくんが身じろぎをしたのは、車を走らせ五分ほど経ってからだった。 「ゴローくん、だいぶ落ち着いてきた?」 「……ちょっとだけ。でもちょっとしか落ち着きません」 「ああ、そうなんだ?どうやったら良くなるんだろう。もう少しクーラーの温度下げる?」 「あの……そ、その……ハクトさんの……発情が終われば……僕も大丈夫になります」 「えっ……あっ、オレのせい?だよね?ご、ごめんね?」 知識としては、飼い主に反応して発情すると知っていても、まだ実感をともなった理解には到っていなかった。 純情ぶって元カレに捨てられたオレが、ゴローくんにはムラムラがモロバレって、かなり恥ずかしい。 丸くなるゴローくんにチラッと視線をやる。 オレの手に下心はもう残っていないはずだ。 念の為後方へと流れていく街並みを眺めながらゴローくんの肩をなでた。 「おかしな場所でムラムラしちゃってごめんね」 「ムラムラ……外なのに、どうしてそうなったんですか?」 「え……そりゃ、ゴローくんのことが大好きだからだよ」 「……」 「ゴローくん、聞こえてる?」 「その、どうしてハクトさんは僕に好きと言ってくれるんですか?僕は変なノンアノです。普通のノンアノみたいに好きになってくれるヒトはいませんでした」 「そんなことないよ。コクウもノンアノセンターのキリュウさんも、ゴローくんのこと好きだよ?まあゴローくんのことを世界で一番好きなのは間違いなくオレだけど」 「でも、僕はハクトさんのノンアノなので、コクウさんやキリュウさんに好きって言われても困ります」 「あー、コクウやキリュウさんの『好き』は、ゴローくんがノンアノのお友達を大切に思う『好き』と一緒。オレの『ゴローくん大好き』は特別な『好き』だよ」 ざっくりすぎる説明だけど、納得いったようにゴローくんが小さく頷いた。 そしてゴローくんの視線がオレに注がれ、揺れた。 「………僕もハクトさんを『特別好き』です」 走行音にかき消されそうなほど、静かな声だった。 だけどその静かさにゴローくんの気持ちがたくさん詰まっているように感じられた。 「ゴローくん、さっきも言ったけど、これからも好きなものとか、欲しいものとかたくさんオレに教えてね?我が家をもう二度と出て行きたくなくないと思える居心地のいい場所にしたいんだ」 そっと大きな耳をなでると、くすぐったそうに震える。 「何もいりません。ハクトさんが出て行くなって言ったら、僕は出て行きません」 「そんなこと言わないで、何か欲しいものとかない?」 ゴローくんに甘えられたい。 前に飼われていた家では与えられることがなかった愛情をしっかり感じ取って欲しい。 その思いが強すぎて、少ししつこく聞いてしまった。 ゴローくんがそっと目を瞑る。 「欲張りは、いけません。ハクトさんがいるから、それ以上は何もなくても、僕は生きていけます」 「……」 健気でいじらしいけど……もっと欲しがっていいんだよ、ゴローくん。 「欲張っちゃいけないって、誰かに言われたの?」 「はい。以前飼われていたお家で、一緒に飼われていた子達と食事が違ったり、僕だけベッドがないのはどうしてですか?と聞いて、何度も叱られました。僕が他のノンアノと違うんだから、他の子と同じじゃないのは当然なのに、同じものを欲しがるのは贅沢なんです」 ノンアノがこんな風に自分を抑圧するようになるなんて、そうあることじゃない。 ゴローくんの達観したような言葉がオレには悲しかった。 「ゴローくん、今の飼い主はオレだよ。オレはもっとゴローくんに甘えて欲しいし、ちょっとくらい欲張りやわがままを言って欲しいと思ってるんだ」 マズい。ゴローくんの以前の飼い主と使用人への怒りで少し口調がきつくなってしまった。 ゴローくんの耳がへショッと倒れる。 「…………ごめんなさい。頑張って、甘えます。ごめんなさい」 低い声で謝られ、オレは慌てて明るい表情を作った。 「ああ、ごめんね。頑張ってまで甘えなくていいんだよ。ゴローくんに怒ってるわけじゃないから」 「……」 ゴローくんは甘えさせてもらった経験がないから甘え方自体よくわからないんだ。 だったら……。 「ゴローくん、本当に怒ってないからね。ゴローくんが甘えられないなら、代わりにオレを甘やかしてよ」 「それは……どうすればいいですか?」 「オレが甘えたら、優しい気持ちで見守ってくれるだけでいいんだよ」 ゴローくんの座席を起こすと、まずは見本とばかりにチョンとゴローくんの肩にもたれかかり、手首を掴んで自分の頭に手をふれさせる。 「ほら、飼い主がペットにするみたいに、いい子、いい子ってなでてみて」 なでながらもゴローくんが不思議そうに首をかしげた。 「オレもね、ゴローくんと同じで褒められると嬉しいんだよ」 「そうなんですか!」 嬉しそうに目を細めたゴローくんが、丁寧に、丁寧にオレの頭を手でなでる。 その無邪気な顔があまりにも愛らしいので、そっと手をとって、手のひらの中央にチュ、チュとキスを落とした。 すると大きな耳がピクンと揺れる。 「くすぐったいです、ハクトさん」 「可愛い困り顔でそんなふうに言われると、余計したくなっちゃう」 へへっと笑うオレにゴローくんが必死にすら見える真面目顔を向ける。 「今は僕が、ハクトさんを甘やかしているんです。次はどうしたらいいですか?」 「じゃあ、ぎゅっと抱きしめて。体のどこでもいいから、愛情を込めてなでてみて」 また手首を持って誘導すると、すぐにゴローくんが優しくなで始める。 「ハクトさん、僕の手には愛情が込もってますか?」 「オレには込もってるように感じられるけど、ゴローくん何考えながらなでてる?」 「はい。『愛情、愛情』って、一生懸命考えてます」 「ははっ。そっか。じゃあ、間違いないね。お礼にオレも『ゴローくん大好き』って考えながらなでるね?愛情、伝わる?」 ぎゅっとゴローくんの肩を抱き、優しくてをすべらせる。 「……あったかいです」 「うん……」 手取り足取り甘やかし方を教えるって、はたから見れば奇妙な光景だろうな……。 ゴローくんのクールな顔には柔らかな微笑みが乗っている。 「……不思議です。ハクトさんは飼い主さんなのに、可愛いです」 「ゴローくんはノンアノなのにかっこいいよ」 「……カッコいいですか?」 「そうだよゴローくんは、世界で一番かっこいいノンアノだ」 甘えた仕草で肩に頬をすりつけると、不思議そうにゴローくんが顔を覗き込む。 「『かっこいい』がどういうのか良くわかりません。でももっとカッコよくなるよう頑張ります」 「何も頑張らなくていいよ。ほら、今みたいにオレを優しく見つめる目もかっこいい。こんなかっこいいゴローくんににペットになってもらえて、こうやって甘えられて、オレって幸せ者だよ」 「本当ですか?僕は上手にハクトさんを甘やかしてあげられてますか?」 「うん。ゴローくん上手」 ゴローくんがぱぁっと喜びの気を発した。 「そうですか。良かった。これからも頑張ってハクトさんを……あ。いえ、頑張らなくても甘やかしてあげられるようになります」 「うん。ありがとう。ゴローくんもオレにいつでも甘えてね」 「はい」 ゴローくんの手のひらが、を慈しむようにオレの頬をそっと覆った。 ふたりの間に生まれた温もりが肌から染み入る。 これでさらに一歩、本当の飼い主とペット、いや、家族に近づけた気がする。 でも、もっと……。もっとだ。 それからオレは帰り着くまでの短い時間、緩みきった頬をゴローくんの優しい手に何度もすり付けた。

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