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32-ゴローくんと同じ空間にいるだけで心地いい
一ヶ月半ぶりにゴローくんと家で二人きり。
さっそくイチャイチャ。
……そう、今日はふたりの心が通じて初めての夜……。
そんな妄想も虚しく、慣れない車での長距離移動に加え、オレのムラムラにアテられたせいで、すっかり疲れ果てたゴローくんは、かなり早い時間に眠ってしまった。
おやすみのキスだけはできたけど、オレの下心は宙ぶらりんのまま。
せめて夢の中でイチャイチャ出来ないかと、エロ妄想をたくましくしてベッドの上の男らしい寝顔を覗き込んだら、ゴローくんが額にうっすら汗をかいて寝苦しそうにうなされはじめてしまった。
イチャイチャ経験のないゴローくんにとって、体のほてりは甘い夢を誘導するエッセンスではなく、ただの体調不良に過ぎないようだ。
翌朝。
ゴローくんが、着替えを求めオレの部屋のドアをノックした。
ナチュラルに寝乱れた黒髪と頭の上で小さく方向を変える耳に、朝っぱらからズキュンと心臓を射抜かれる。
そしてテ、テ、テ、テ、テ……と小さな音。
思い返せば、以前ゴローくんがウチにいた時にもこれを聞いたことがあった。
あの時はなんの音だかわからず不思議に思っただけだったが、今ではこのシッポがズボンを打つ音に自然と顔が綻ぶ。
ドアそばにたたずむゴローくんはクールな無表情なのに、お尻ではシッポをブン振りだなんて。
ああ、愛おしすぎる……。
パジャマのズボン下ろして、お尻見せてって言ったら見せてくれるかな?
そんなことを考えていたら、ゴローくんが眉をしかめ、手の甲で頬を押さえた。
「……ハクトさん、発情してます」
昨日からムラムラしっぱなしだから、ちょっとしたきっかけですぐに欲情してしまう。
しかもそれがゴローくんに筒抜けというのが情けない。
変わらず無表情なゴローくんだが『早朝なのに、なんで?なぜ、今?どうしてこの状況で?』と、その目は雄弁だ。
「あ、ああ……ごめんね?朝って興奮しやすいよね?」
「そうなんですか?」
「うん。一日元気に過ごさなきゃいけないから興奮するんだろうね」
雑な誤魔化しでも、素直なゴローくんはそんなものかと納得してくれる。
でも、これじゃまるで、ヤリたいだけでゴローくんを引き取りに行ったみたいだ。
もうちょっと気を引き締めないと。
ゴローくんに白い麻シャツと、スマートなシルエットの濃ネイビーの綿パンツを渡し、自分も着替える。
そしてシンプルな着こなしのゴローくんのかっこよさにうっとり……。
オレは古書店のレトロな雰囲気を大切にするため、服装もそれにあわせ、堅苦しくはないけど多少トラディショナルなものを選ぶことが多かった。
ゴローくんにはそれに加え、ハンチングにサスペンダーなんかも似合いそうだ。
ついついノンアノに服やおもちゃを買い与えてしまう飼い主が多いと聞くけど、ゴローくんの場合、おもちゃには興味を示さないし、服はオレと同じものでいいから大丈夫。
って思ってたんだけど……。
はぁ。
これからはゴローくんに似合いそうな服を優先して購入することになりそうな予感。
ゴローくんが戻って来てくれたおかげで、仕事にも気合が入る。
オレがレジ横で原稿を書いている間、ゴローくんには好きに遊んでいていいからと伝えていた。
昨日ゴローくんはオレの役に立ちたいと言ってくれたけど、やっぱり他のノンアノたちと同じようにのびのびと過ごして欲しかったのだ。
しかし、一人遊びをしたことのないゴローくんは、どうすればいいかわからないらしく、午前中はずっと階段に座ってこっそり店を覗いていたようだ。
それで結局、午後からは店の掃除や細々とした作業などを手伝ってもらうことになった。
ゴローくんと同じ空間にいるだけで心地いいけど、ノンアノを働かせるということに少し後ろめたさを感じる。
本当にこれでいいのか……。
「あ、ゴローくん、久しぶりで忘れちゃったか。高いところは踏み台を使ってね」
「ごめんなさい」
「ちゃんと使ってくれればそれでいいから、謝らなくて大丈夫だよ」
ゴローくんはその身軽さと驚異的なバランス感覚で、両手が塞がっていても本棚に爪先や膝先をチョイッと引っ掛けて登ることができてしまう。
最初に見たときはびっくりしたけど、これもゴローくんがノンアノだと知った今では納得だ。
ノンアノは、猫ほどではないけど、ヒトよりずっと身軽で体も柔らかい。
高い木に登って降りられなくなるくせに、救助に行ったら助け出す直前に飛び降りて無傷なんて良く聞く話だ。
そして瞬発力はあるけど持久力には欠けるらしい。
基本的にはコツコツ何かに取り組むのは苦手のはずだけど……。
凛々しい横顔を見せ、黙々と作業するゴローくん。
以前もオレが声をかけるか作業が終わるまで休憩することはなかった。
そんなノンアノ『らしさ』と『らしくなさ』を併せ持つウチの子がたまらなく愛おしい。
その日の営業を終え、閉店するとゴローくんを呼んだ。
「ゴローくん、お手伝いありがとうね」
耳の付け根の特別柔らかい髪の生えているあたりをチョイチョイとなでる。
すると、はにかんだゴローくんの後方から、テテテテテ……と布を叩く音がした。
「褒められるのは嬉しいです」
オレが嬉しいことや好きなことを教えてと言ったからだろう。とても律儀に報告してくれる。
「うーん、本当ならゴローくんを働かせたくはないんだけどね」
「……ごめんなさい」
静かな謝罪とともに、耳がフイッと下がった。
ゴローくんは顔よりも耳やシッポのほうが表情豊かだ。
「ゴローくんは何も悪くないから謝らなくていいんだよ。他のノンアノは働いたりしないだろ?だから、同じように扱ってあげたいって思ってるんだ。だけど、ゴローくんはお手伝いしたいんだよね?」
「……お手伝い……もうしません」
「いや、お手伝いしたいなら正直に言っていいんだよ?ゴローくんの本当の気持ちを教えてくれるかな?」
俯いてしまったゴローくんを覗き込み、ニッコリと微笑んで見せる。
すると、ゴローくんが遠慮がちに口を開いた。
「僕は、お手伝いしたいです。ハクトさんがお仕事の間でも一緒にお店に居れるし、上手にできると褒めてもらえます」
「そっか。オレもゴローくんの気配を感じながら仕事をするの好きだよ。じゃあ、これからもお手伝いお願いしていいかな?」
「っ……はい」
力強く頷いたゴローくんの肩を掴み、そっと顔を寄せる。
すると不思議そうな表情でゴローくんがじっとオレの目を覗き込んできた。
「えーっと、ゴローくん、キスしていいかな?」
「もう『おやすみ』ですか?」
その顔には『何で今キス?』と、書いている。
「ゴローくん、キスはおはようとおやすみの挨拶の時だけするもんじゃないんだよ」
「はい。体液で飼い主を憶えるんだと教えてもらいました」
「いや、そういうことじゃなくてね……」
フワンフワンと弾力を楽しむように唇をあわせ、それからチュッと軽く吸った。
「キスすると、大好きって気持ちが伝わるだろ?」
「……そうなんですね」
ギュッと目をつむっって『わかった』というように頷く。
この不器用な感じ、愛らしいなぁ……。
さらに愛おしい気持ちを乗せ、優しく丁寧に唇を合わせると、ジュンジュンと背筋が甘く痺れた。
「ゴローくん。……ん……」
舌で唇をなぞり、トロリと侵入していく。
不器用にオレを受け入れたゴローくんの温かな舌が、ふるっと小さく震えた。
「ん……」
くすぐるように口内をなぞりながら、チュチュと吸うと、ゴローくんの肩がすくみ、あごがのけ反る。
キスをしているうちに、また興奮してきてしまった。
熱い息を吐くゴローくんもオレの欲情を感じているはず。
「ねぇ、ゴローくん、今日は一緒にお風呂……」
言いかけたところで……。
「おおい、ハクト!」
ガンガンガン。
聞き慣れた声と勝手口の扉を無遠慮に叩く音。
ウソだろ?
はぁ……。
ラブラブタイムに持ち込もうとしたオレを邪魔したのはコクウだった。
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