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38-ツンもデレもなく
『……エッチなことは、夜にしてください』
『夜に……夜にお願いします』
店を開けながら、オレはご機嫌だ。
ゴローくんの言葉を、自分の都合よく解釈しながら何度も反芻するうちに、想像の中のゴローくんがだんだんエロス溢れる表情に変わっていく。
ふっ……ふふふふっ。
無自覚に夜のおねだりをしちゃうなんて、ゴローくん、可愛い過ぎる。
ゴローくんはピュアだから、ちょっとづつ、ちょっとづつ教えてきたい……。
ああ、今日はどうしようかなぁ。
……あれっ?そういえば。
ノンアノは飼い主が絶対で、常に飼い主の愛情を求めてるはずなのに。
オレ、キスすら拒まれてしまったんだけど……。
どういう事だ?
そこに、コクウがやってきた。
休憩時間にパンの試作の余りを持ってきてくれたらしい。
「あのさ、コクウは昼間っからチョミちゃんにキスしようとして、拒まれたこととかある?」
「はぁ?朝昼晩、いつでもどこでもOKに決まってるだろ」
「どこでもって言っても、流石に外じゃ嫌がったり……」
「チョミが?嫌がるわけがない」
「本当に?」
コクウが太い眉を小さくしかめた。
「もしかしてハクト、キスすら拒まれるような事をしでかしたのか?またゴローくんに逃げられるぞ?」
「ち、違う!おかしなことは何もしてないよ!だけど、ゴローくん、すぐイヤイヤ言って……」
「ツンデレだろ?ノンアノはイヤと言ってても膝に抱き上げればすぐに甘えてくるんだから真に受けなくて大丈夫だよ。極論を言えば、飼い主が求めれば、ヒトの集まる駅前広場でだって喜んでアレコレしちまうもんだ」
いや、さすがにゴローくんにそこまで求めるつもりはい。
「でも、さっきキスしようとしたら、ツンもデレもなく、真顔でダメだと言って顔面押さえられたんだけど」
顔を歪めるオレに、コクウは大笑いだ。
「本格的に拒まれてるな。ゴローくん、何でキスしちゃダメだって?」
「その、挨拶のキスは大丈夫みたいなんだけど、朝からエッチなキスするのは恥ずかしい事だからダメとか、あと外で濃厚なキスもダメだって言ってた」
「へぇ!さすがゴローくん、賢いなぁ!」
「け、けど、家でキスくらい、いいと思わないか?」
「ゴローくんは世間ずれしていないから、普通はこうだって誰かに言われたら、そういうもんだと思い込んでしまうんだろう。少しずつ慣らして、自分たちなりの関係を作っていけばいい。焦るなよ」
「……そうだな」
ほんのちょっと愚痴ってみただけなのに、真っ当に諭されてしまった。
そもそも自分でも少しずつ慣らしていこうと思ってたんだから、そう、少しづつ……。
ふ……ふふっ。
そう、アレやコレやと少しずつぅううっっ。
「なるほど?ハクト、なんでゴローくんに拒まれたかわかったぞ」
「は?え?なんで?ゴローくんがピュアで賢いからじゃないのか?」
「お前、その顔どうにかしろ」
「はっ?顔?そんなの生まれつきだし、嬉しくはないけど、これでも結構、可愛いって言われることも多いんだぞ」
ムッとして言い返すと、コクウが皮肉な笑いを返してくる。
「顔の作りは関係ねぇ。お前なぁ、欲情を察知するノンアノじゃなくても表情だけでスケベなこと考えてるのが丸わかり。賢いゴローくんがドン引きするのはしょうがないよ」
「えっっ……」
「なるほど、こういうことか。前の恋ビトとの別れ話を聞いて、不思議に思ってたけど、少し納得がいった。このエロ顔を見てドスケベビッチだと思って付き合ったのに、ピュアぶって身持ちが固くなるとか、そりゃ元カレにガッカリされるよ」
「は……?なんだそれ!あれはな、オレのことを可愛い、可愛いって言うから、頑張って可愛い純情キャラ作って……」
「ノンアノみたいって言われ無垢で可愛く見られるよう頑張ったって言ってたけど、ノンアノって飼い主が欲情したらすぐ発情するんだぞ?元カレはすぐやらせるドスケベ可愛い恋人が欲しかっただけじゃないか?」
「ドスケベって……オレは真面目な交際しかしてない!」
「向こうは100%そう思ってない。エロい事考えるときは周りに気をつけろよ」
「な……」
そこにゴローくんが降りてきた。
「ねえ、ゴローくん、オレ、別にそんなエロくイヤらしい顔なんかしてないよね?」
いきなりの質問にゴローくんが耳をプルっと震わせる。
「ハクトさんはとても綺麗で誠実そうに見えます。だけど、交尾などの事を考えているときは別人のようにエッチな顔になります。イヤではないですが、直視しづらいです」
「え……えええええ?」
思わずしゃがみこんだオレの肩をバシバシ叩きながらコクウが大笑いしやがる。
「ゴローくん、これ、試作の胡桃パン、食べてみて」
落ち込むオレそっちのけで、楽しそうにコクウがパンの感想を聞き始めた。
……そうか。
オレってビッチ顔になるのか……。
過去の恋愛における納得いかないアレやコレやの原因が見えてきた気がする。
けど、今はゴローくんがいるから、そんなのどうでもいい。
いや、直視しづらいドスケベ顔はマズイか。
とはいえ、オレのドスケベビッチ顔を改善したところで、昼間にムラムラしてキスしようとすれば、ゴローくんに窘 められてしまうという部分は変わらないだろう。
コクウも言っていた。
要は慣れだ。
ムラムラしてビッチ顔を晒してしまっても、深いキスはせず、バードキスでちょっとずつ慣らしていけば、駅前広場でライトなキスくらいはいけるようになるかもしれない。
ん?待て。
ゴローくんが慣れたからって、人通りの多い駅前広場でオレがみっともないドスケベビッチ顔を晒してキスする必要あるのか?
……あれっ?
なんだか目的を見失ってしまったけど、先は長い。
うん。
ゴローくん、これからも末永くよろしくお願いします。
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