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46-えっ、誰!︎?
「ん……」
サワサワとオレの首元を髪がくすぐる。
そして、チュッと吸い付く感触。
でも吸盤か何かを当てられたような感覚だった。
サワサワ、サワサワ。
「ん。くすぐったいよ、ゴローくん」
大型犬にじゃれつかれているみたいだ。
ゴローくんが体重移動するたびに少し沈み込む感覚。
ここ、ベッドか。
「ごめん、少し寝かせて」
目をつむったまま腕を回し、ギュッと頭を抱く。
だけどゴローくんの手は止まらず、オレの脇をなであげ、胸に吸い付く。
……ぁうう。ずいぶん積極的だな。
こういうの、久しぶりな気がする。
どろんと体が重いけど、ようやくオレにもエロスのスイッチが入り始めた。
とはいえ、まだ眠気が勝っていて……。
「んっぁあ……ゴローくん、オレ眠いよ。あ、ちょっと、待って、待って」
眠気の抜けぬまま高められる体に混乱する。
あー……オレ、まだ酒で混濁してるのか……。
「ぁ……!!ゴローくん、ちょっと、そんなのどこで覚えたの!?」
ヘソを舌でかき混ぜられ、尻の谷間をじっとりとなぞられ……。
「えっ……待って……本当に待って……」
窄まりをクルリとなでられ、驚いて目を見開いた。
薄明かりの中、男臭く微笑むゴローくん。
まだ執拗に窄まりをこね、中に指を……。
とっさに掴んだ頭は……んっ?黒髪じゃない。
「えっ、誰!?」
次第に目が慣れ、さっきまでゴローくんだと思っていたのは別の男で……。
太ももをなであげられ、ゾワリと快感が走るけど、心臓がドクドクいっているのは間違いなく恐怖からだ。
状況が把握できず、押さえつけられた足を暴れさせる。
だけど、酒に鈍ったオレの抵抗など、全く抵抗になっていないようだ。
グッと片足を持ち上げられただけで、自分が今どうなっているのか、天地がどちらなのかすらわからなくなる。
「やめ……!誰?なんだよこれっ!!!???」
その時、部屋の外でタン!と軽やかな音がした。
さらにカサカサ、カタンカタンと葉音や気配が。
驚いて左右を見回すと、シタン!と窓の開け放たれた音がし、目の前に黒い残像が走った。
何が起こったのかわからない。
えーっと、ここはオレの家じゃないな。
酒で濁った頭は動きが遅い。
「なんだお前!警察呼ぶぞ!」
「はい。警察呼びますね」
えーっと、ここはホテルの部屋か。
えっ!何この部屋!こんな豪華な部屋、初めて見た。
オレの上からすっ飛んでったヒトが転がってもまだ余裕のあるベッドって。
そしてそのヒトをさっきの黒い影が……。
えーっと……?
携帯端末を握ったゴローくんが、身を丸めているスルガさんのすねをガシガシと踏んでる!?
◇
ゴローくんは本当に部屋の電話から警察を呼んでしまった。
それに焦ったスルガさんも、すぐにどこかへと電話をかけていた。
妙な緊張感が満ちた部屋で、オレは何が起こったのか一生懸命振り返った。
ここは多分、ホテルのスルガさんの部屋。
そしてオレは酔った挙句、連れ込まれてしまったらしい。
呑気に眠りかけたところをスルガさんが手を出してきて、それをオレはゴローくんだと勘違い……。
ああ、そうだ。
そもそもゴローくんはオレが欲情しない限り発情しない。
つまり寝ているオレに色事を仕掛けてくるなんてあるわけがないのだ。
なのに……ああ、クソっ!なんで気づかなかったかなぁ!
「ゴローくん、どうやってこの部屋にきたの?」
曖昧すぎる質問にゴローくんが携帯端末を示した。
「鳴ったので出たら、ハクトさんが僕を呼ぶ声が聞こえました」
その画面はまだ通話中になっていて……。
「あ、オレのは……?」
枕元に転がる端末も通話中になっていた。
そうだ。パーティ会場から出たってゴローくんに連絡しようとして、結局……かけた記憶はない。あの時すでにおぼつかないほど酔っていた。
でも間違いなく、番号は表示した。
廊下を歩きながらゴローくんに電話しようとしてた時も、スルガさんに寄り添われてた気がする。
『部屋まで送るよ』って言葉を信じて、連れ込まれたんだ。
正体をなくしてベッドに寝かされて、枕元に携帯端末を置いたのも微かに記憶にある。こんな大きなベッドだったかなって思ったんだ。
それでそのあと……?
とにかく何かの弾みでまた端末にふれて、ゴローくんにかかったんだろう。
「でもどうやってこの部屋が……?」
「カードキーが見えました」
サッとスルガさんに視線を向ける。
「え、覚えてたの?」
無言のゴローくんが何を考えているのかはわからない。けど部屋番号を覚えるほどスルガさんのことを気にしてたってことだけは間違いないだろう。
「いや、それにしても、だからどうやってこの部屋に?多分最上階近いよね?」
「二十二階です。ベランダから簡単に登って来れました」
「えっ!簡単にって」
そんなはずない。
でも身軽なノンアノには、このくらいなんでもないってことなんだろう。
はぁ……高層ホテルじゃなくて良かった。
ゴローくんも一応最初は普通に廊下から来て、呼び鈴を鳴らしたら、携帯端末から「うるさい」だの「無視だ」とかいうスルガさんの声が聞こえたため、ここに間違いないと思い、ドアがダメならベランダから入ろうと考えたらしい。
よくベランダから入ろうという発想になったな……と驚いたけど、ゴローくんからすると、身長ほどの高さのある窓も、ドアもどちらも出入り口という認識のようだ。
古書店の入口もガラスのはまった扉だしな。
ガラス窓とガラス扉の違いなんか考えたこともなかったんだろう。
とにかくベランダで鍵のかかっていない窓を探り当てると、躊躇なく飛び込んで一直線にスルガさんを蹴り飛ばしたということのようだ。
ざっくりと話を聞いたところに警察とホテル従業員がやってきた。
スルガさんは不法侵入と暴行を訴え、ゴローくんは誘拐と強制わいせつを主張する。
「合意のもとだ。彼だって気持ちよさそうにしていた!」
正当性を訴えるスルガさんに対し、ゴローくんが携帯端末を示した。
「ハクトさんは確かに気持ちよさそうでした。だけど、ずっと僕の名前を呼んでました!このヒトもハクトさんの勘違いに気付いていました!」
なんだかいたたまれない。
『オレが悪かった。だからもうオレのしくじりをみんなに知らしめないでくれ!』と叫びたくなる。
だけど、それをしてしまうと『この男に非がない』と認めたことになってしまう。
そこにスルガさんの弁護士がやってきて話し合いが持たれ、警察と従業員は帰っていった。
つまり示談だ。
先方の弁護士から、ゴローくんの暴行とオレへの準強制わいせつ未遂でお互いトントン、少しお見舞金を出すからおおごとにしないで欲しいと話があった。
オレもゴローくんのしたことが問題にならないならそれでいい。
簡単に状況確認を済ませ、オレがまだ酔っていて正常な判断ができないから細かいことは後日という事で、オレとゴローくんは部屋に戻れることとなった。
それにしても、先方弁護士はずいぶん簡単に話をまとめたものだ。
しかも妙に笑顔が深い弁護士は、こういう揉め事に慣れているように見えた。
あのスルガさんってヒトはきっと、方々でこんな騒ぎを起こしているんだろう。
そして、速やかに処理したがっていた様子からいって、いま問題を起こすと何かまずいことにでもなるのかもしれない。
もし 相手にとってまずい時期なんだとしたら、ゴローくんを不幸にした復讐をするチャンスなんじゃないか?
そんなほの暗い考えが頭をよぎった。
だけど……。
『欲張るのはダメです』
ゴローくんの口癖が思い浮かんだ。
オレは酔姦を回避できて、ゴローくんの行為も問題にならず、お見舞い金までもらえるんだから上出来だ。
ヒトの足を引っ張ることに腐心するより、いまの自分たちの幸せを大切にするべきだろう。
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