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47-ノンアノの飼い主になんかなる気はなかったよ

部屋の扉が閉まってすぐにギュッとゴローくんを抱きしめる。 さっきのスイートルームほどではないが、オレには不釣り合いなほど上品でリッチな部屋だ。 「ゴローくん……さっきはありがとう」 「ハクトさんはお酒をたくさん飲むと失敗して後悔します。いっぱい飲んじゃダメです」 叱られた。 「ごめん。でも、助けてくれてありがとね」 「……ありがとうって言ってもらえてよかったです。携帯端末からは僕の名前を呼んでる声が聞こえてました。それでも、あのヒトとエッチな事をしたかったのかもしれないって思ってました」 ゴローくんが慈しむようにぎゅっと抱きしめ返してきた。 「そんなわけない。オレにはゴローくんだけだよ。どうしてそんなこと思うの?」 「それは……あのヒトが……」 口ごもって眉根を寄せる。 「ねえ、ゴローくん。あのスルガさんって、前の飼い主さん……じゃない?」 「っっ。は、はい……」 腕の中でゴローくんが肩を落とした。 「やっぱりそうだったのか。ゴローくん、もしかしてあのヒトが前の飼い主さんって知られたくなかったんじゃない?それってどうして?」 「…………」 やっぱり、まだ情が残ってたりするんだろうか。 ゴローくんははぐれノンアノではあったけど、スルガさんがゴローくんを捨てたわけでも、ゴローくんが自発的に脱走したわけでもない。 きちんと飼い主との関係を解消していないから、再会したら愛されたいって気持ちが湧いてしまうのかもしれない。 あんな背の高い金髪リッチイケメンだし。 うつむいたゴローくんがオレの首にそっと頬を添え、背中に回す腕に力を込めた。 「あのヒトの家には、僕のほかに四頭ノンアノがいました。みんなとっても綺麗なノンアノです。それ以外にもよくいろんなヒトがお泊りに来る事もありました。お片づけで部屋に入ったら、まだみんながベッドにいることもありました。僕はみんなが何をしているのかよくわかっていませんでした。どうしてわからなかったかというと、僕がみっともないノンアノなので、前の旦那さまのベッドに一度も入った事がなかったからです」 ゴローくんに一度もソウイウ経験がなかったということはわかっていた。だけど、直接聞けたことで、オレはすごくホッとしていた。 以前の家で雑な扱いを受けていたからこそ逆に、実はとんでもなく淫らで変態的なアレやコレやをされていたんじゃないか……なんてヤキモキしていたんだ。 すっかり安心したオレをよそに、ゴローくんはさらに顔を暗くする。 「あのヒトは家で僕の顔を全然見ませんでした。だから今日会っても僕がわかりませんでした」 「……それが……悲しかったの?」 だとしたら、少し妬ける。 とはいえ、数年に渡って飼われていた旦那さまに顔を覚えられていないだなんて、悲しくなって当然だろう。 「いえ、全く悲しくないです。あのヒトが僕をわからなかったのは、ハクトさんにとっても綺麗な服を着せてもらってるからかなって、嬉しくなりました」 「あ、そうなんだ」 う……ゴローくん、可愛い。 「でも、じゃあ、なんでそんな悲しそうな顔をしているの?」 「それは……。ハクトさんは僕の事を可愛いとかかっこいいとか言ってくれます。とっても嬉しいです。でも僕は本当は可愛くなくて、前の旦那さまに全然愛されなかったダメなノンアノです。前の旦那さまとハクトさんがお話したら、僕は本当は可愛くもカッコ良くもない、みっともないノンアノだって気づいてしまうかもしれないって思いました。それに、みっともないノンアノを連れていると、ハクトさんが恥をかいてしまいます」 「そんな!そんな事あるわけないだろ?」 ゴローくんが『愛されなかったノンアノ』だということに、引け目を感じているのは気づいていた。 ずっと自分のことをみっともないノンアノだと言っていたから、オレもそんなことないよと言い続けていた。 だけど、芯まで伝わりきれていなかったってことだろう。 「心配しないで。オレはゴローくんのことを恥ずかしいだなんて思ってない。それに他のノンアノと違うってこともちゃんとわかった上で飼うって決めたんだから!」 「違います。ハクトさんはお酒を飲んで、間違って飼い主になりました」 「う……」 そ、そうか『ノンアノだと知らず、調子に乗ってキスしてうっかり飼い主になっちゃった問題』もあったか。 そもそも事故的に飼い主になってしまったんだから、ゴローくんがオレのことをイマイチ信じきれないのは当然だ。 オレはツインベッドの片方にゴローくんを座らせると、向かい合って手をぎゅっと握った。 「ゴローくん、確かに酔っ払ってキスしちゃったけど、あの時オレはもうすでにゴローくんのことを好きだった。飼い主になる気もないのにキスしたと言われればその通りだけど、恋ビトになりたいって思ってたし、ずっと一緒に居たいって思ってた」 イマイチ反応がない。ゴローくんの目が空洞のようだ。 「えっとね、あの日、酔っ払って好きって気持ちが抑えられなくなったから、ゴローくんにキスとかエッチなこととかしちゃったんだよ。酔ったからって誰にでもあんなことするわけじゃない」 「本当ですか?でもそのあとノンちゃんにも発情してました」 「だ、だから、それは前に言っただろ?ゴローくんにムラムラしてる時にノンちゃんが近くにいただけ!さっきもほら、酔っ払って失敗しちゃった時だって、スルガさんをゴローくんだと勘違いしてただろ?誰でもいいわけじゃなく、ゴローくんがいいって思ってる証拠だよ」 「でも、僕の飼い主になるつもりなかったですよね?しょうがなく飼い主になったんですよね」 「だ、だから……。ああ、そうだよ。ノンアノの飼い主になんかなる気はなかったよ!」 「やっぱり……」 ゴローくんがみるみる落ち込んでいく。 それでもオレは言葉が届かない苛立ちを抑えきれなかった。 「ゴローくん全然ノンアノらしくないだろ!」 「……はい」 うつむかせないように、低く唸るゴローくんの手をぎゅっと引き寄せる。 「オレは別にノンアノ()きじゃないんだ!ノンアノを見て可愛いとは思うけど、全く好みじゃない!ゴローくんのノンアノらしくないとこが大好きなんだよ!そして悪いけど、ゴローくんが前の飼い主に愛されてなくてなくてラッキーだって思ってる!そのお陰でゴローくんと出会えたから!」 大きな声を出すオレにゴローくんが目をパチクリさせた。 「ゴローくんは知られたくなかったみたいだけど、オレね、ゴローくんが前の家で可愛がられてなかったってこと知ってた。行方不明になってる間に調べたから。それ知ってオレがどう思ったかわかる?」 「可愛がられない、ダメなノンアノだなって」 「違う!」 一言一言をゴローくんの胸に刻み込むように、握った手をブンブンと振る。 「オレだったら、ものすごく可愛がってあげるのにって思った。実際いまゴローくんのこと大切にしてるつもりだし、大好きっていっぱい伝えてるつもりなんだけど、そう思わない?」 「……ハクトさんはとても大切にしてくれていると思います」 「ゴローくん、もう一回言うよ」 きちんとゴローくんに言葉が届くように、目を見て、手を握り、振る。 「確かにオレは飼い主になるつもりもなくキスしちゃったけど、あの時すでにゴローくんとずっと一緒に居たいって思ってた。それで、今はこうやって一緒に居られるんだから、願ったり叶ったりなんだよ。わかる?」 「願ったり叶ったり……ですか」 「他のヒトがゴローくんを好きじゃなくても、オレは大好きだよ。ゴローくんの前の飼い主が返せって言っても返さない」 「返せとは、絶対言いません」 「だったらそれも願ったり叶ったりだよ」 「願ったり叶ったり……」 「ちゃんとゴローくんがわかるまで何度だって言うからね。オレは、ゴローくんのこと大好き。他のヒトに変なノンアノだって言われそうな、クールな顔や筋肉質な体は特に大好き。だから、オレはゴローくんがノンアノらしくないからって嫌いになったりしないよ。わかった?」 「……はい。ハクトさんは……僕を嫌いにならない」 ゴローくんの頬にパーッと喜びの色が広がった。 よかった。 やっとオレの言葉がゴローくんの芯に届いたらしい。 「それにね、ゴローくんはノンアノとしては確かに変わってるけど、ヒトだったら普通にカッコいいんだからね」 「僕はヒトじゃないです」 「耳を隠したらヒトにしか見えないだろ?だから他のヒトに言い寄られないか、オレ、心配なんだよ」 ゴローくんが困惑の表情を浮かべている。 「他のヒトに言い寄られたのはハクトさんです」 「えっ……ああ、さっきのこと!? えーっと、あんなの滅多にないし。何かあっても、ずーっとゴローくんの名前呼んでただろ?」 「何かあるのはダメだと思います」 「う……」 ゴローくんの真っ直ぐな目が……。 「ゴローくん、心配かけてごめんなさい。もう飲みすぎません」 「はい。もう何もないようにしてください」 こんなにもペットに叱られる飼い主って……。 「ゴローくんはどうなの?オレのダメなところ知ったら嫌いになる?」 「なりません。ハクトさんは、コクウさんに町内会の集まりを忘れてたとか、ゴミの日を間違えていたとか、よく叱られていますが、僕はハクトさんを嫌いになりません」 「そ、そう。ありがとう」 う……オレ、頼りなさ過ぎる。 「もしハクトさんがお酒で失敗して、他のヒトとエッチなことをしたら、とっても悲しい気持ちになりますが、嫌いにはなりません」 「いや、しない!ほんと、もう絶対失敗しないから!」 「はい。気をつけてください」 真面目に言われ、ちょっとへこんだけど、その代わりにゴローくんの心がぐっと近付いた確かな手応えがあった。

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