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57-一度でいいから感動の告白を成功させたい

ゴローくんがウチに戻ってきてはや半年。 古書店のお手伝いは板につき、今ではゴローくんの方から次の指示を催促するほどだ。 商店街にもすっかり馴染み、皆はゴローくんがノンアノであることを承知していて、日頃から気軽に声をかけてくれる。 それでもゴローくんが外を歩くときには帽子をかぶらせている事が多い。 ゴローくんがノンアノであることを知らないヒトと遭遇したときに、本物の耳かと聞かれるのはまだマシな方で、勝手に携帯端末で撮影されたりすることがあるのだ。 珍獣のように撮影されるのは気分がいいもんじゃない。 帽子をかぶっているのは、そんな面倒を避けるため……の、はずなのに。 最初に買った黒いキャスケットがちょっと安っぽすぎたかなと、茶のチェック柄のハンチングを買い、定番だから使い勝手が良いだろうと濃いグレーのハットも購入。 そうなるとちょっと遊んだものもあるといいかな、あ、ハンチングと揃いのチェック柄のサスペンダーとかオシャレかもなんて……オレの物欲が刺激されすぎ。 このままだと小物がどんどん増えてしまいそうで、自制を強いる日々が続いている。 ◇ 「ゴローくん、次の休みは渓谷に行きたい」 「はい。わかりました」 オレたちは古書店の定休日のたびに、日帰りや一泊で小旅行をしていた。 オレが計画して、オレが連れて行くのに、ゴローくんに旅行をねだるように相談する癖がついてしまったのが何故なのか自分でも不思議だ。 旅行先には必ず、古書で称賛されている絶景や風光明媚な街並みのある場所を選んでいる。 旅行記好きなオレだけど、ゴローくんが来るまでは、自分のコミュニティから出て実際に行ってみようなんて思ったこともなかったから、本当に大きな変化だ。 そして旅行先で毎度のようにゴローくんにすることがあった。 前回は名瀑(めいばく)と名高い滝の前で。 みずみずしく萌える緑に囲まれ、清流は白糸となって落ち、滝壺にたどり着くと薄く霧となって舞う。 胸のすく光景だった。 「ゴローくん、この滝はその昔、男神と結婚しようとしたマザー候補の少女が周囲の反対にあい、身を投げ、その後、龍になって天に昇ったという伝説があるんだ」 「そうですか、可哀想ですね」 民話に心底同情したようにゴローくんが眉を下げた。 そんなゴローくんの前で岩場に片膝をつき、サッと手を取る。 「オレはどんなにゴローくんと引き離されそうになっても。この先一生離れないから!ゴローくん、オレとずっと一緒にいてください!」 目を見て、愛を語る。 つまりこれはプロポーズだ。 万感の想いを込めたオレの言葉にゴローくんは……。 「はい。一緒にいてください。ですね」 至って普通の笑顔で、オレの手を引き立ち上がらせてくれた。 感動もなければ驚きもない。 何度言ってもこんな調子で、オレがイメージした感動の場面にはならない。 いや、何度も言ってしまうから感動の場面にならないのかもしれないけど。 オレが最初に『大好きな場所で告白したい』と思ったのは、まだゴローくんがノンアノだと気付く前だった。 だけど告白寸前でゴローくんがウチからいなくなり、オレにとってゴローくんへの告白は悲願となった。 そんなこんなで無事にウチに戻ってきたからにはとにかく実行あるのみ!……だったはずなのに。 いや、実行しているのに。 なぜ、上手くいかない。 一度でいいから感動の告白を成功させたい。 だけど、そもそもオレから好かれていると知っている相手に好きだと言ったところで「告白」として成立しないというのが問題だ。 「なあ、コクウ。ゴローくんに感動してもらうには、どうしたらいいと思う?」 肉屋の前で唐揚げの揚がり待ちをしながら、コクウに相談をする。 「感動に打ち震えるゴローくんに『僕も大好きです』と言ってもらいたいなら、一番確実なのは……」 「うん」 もったいぶって腕を組み、キョロっと横目でオレを見下ろす。 「もう一回別れることだ」 「そーれーはーだーめ!」 「じゃ、無理だな。毎日『好き、好き』言われてるのに、場所が変わっただけで今までの倍感動するなんてあり得ない」 「そんなこと言うなよ」 「どう言い換えたって一緒だ。何やったって大袈裟に反応するチョミならまだしも、ゴローくんみたいにリアクション薄なタイプにサプライズなんか通用しない。一緒にいるだけで、毎日しみじみと幸せを噛み締めてくれてるんだからいいじゃないか」 「でもなぁ……」 「アプローチの方向を変えろ。ゴローくんが喜ぶ事や好きな事はなんだ?ゴローくんがお前に一番好意を示すのはどんな時だ?」 「えーと、キスしてると急にトロンとなることがあるかな」 「ああ、ノンアノは体液を介し飼い主から出る物質を受け取ると陶酔状態になるらしいからな。でもそんな時に何をやったところで、お前が期待している熱烈感激状態にはならないだろ」 ほかにゴローくんが喜ぶこと……。 「って、言ってもなぁ。ゴローくんはお手伝いして褒められるのが好きなんだけど……それじゃゴローくんを喜ばせることにはならないし」 「いや、それだよ!」 「え……」 「次の休みまでに、ゴローくんにお手伝いしてもらう事を考えて用意しよう」 ニヤリと笑うコクウ。 ……なんか不安だ。 でも、コクウに任せておけば、どんなことでも失敗はない……はず。 ◇ コクウに告白の相談した次の店休日。 今回は一泊旅行だ。 ゴローくんと、趣ある和洋折衷の街並みを歩く。 西洋瓦を和風に並べた屋根が特徴的だが、そんな知識なんか無くともこの空間にいるだけで心が沸き立つものがある。 「その昔、政変があったときに元いた土地を追われた有力マザーがここに隠れ住み、新しいコミュニティを形成したらしいんだ」 「そうなんですね」 全く興味がないだろう逸話でもゴローくんは笑顔で聞いてくれる。 オレばっかり楽しんでいて申し訳ないけど、オレが楽しそうにしているだけで楽しいって言ってくれるし、もうほんと……ゴローくん大好きだ! これがチョミちゃんだったら「飽きた、疲れた」のリピート再生だろう。 レトロな街並みにあわせて、ゴローくんは薄手のトレンチコートにざっくりした白いタートルセーターとネイビーのパンツというカジュアルなスタイルにハンチング。 後ろで結んでいるベルトをリードだと認識しているので、トレンチコートはゴローくんのお気に入りなのだ。 オレはネイビーのショートコート。至って普通。 ゴローくんさえカッコ良ければ、オレはどうでもいい。並んで恥ずかしくさえなければね。 土産物屋を眺め歩くのも観光の楽しみのひとつだ。 そこでゴローくんが興味を示したモノを、オレがなんでも買い与えようとしてしまい、静かに諭される。 これもそろそろ定番のパターンになりつつあるな。 まあともかく、まったりと観光し、穏やかで幸せな時を過ごしたのち、オレたちは予約していた川沿いの旅館風ホテルへと入った。 最近のホテルは約半数がノンアノの宿泊可で、料理代金分宿泊料が安くなっていることがほとんどだ。 だけどゴローくんの場合、本当にノンアノなのか、宿泊料金をケチってノンアノだと言い張ってるんじゃないかと疑われる可能性があるので、ヒト並みに大きいということを予約時に知らせる必要がある。 知らせていても、結局フロントでゴローくんの大人っぽさに戸惑われてしまうので、耳とシッポを見せ納得してもらう事になるんだけど。 和風で木の香りのする落ち着いたホテルの廊下を、スタッフの案内で部屋へと向かう。 増築を繰り返しているらしく少し歩かされるけど、無機質な都市型のホテルと比べると、親しみの持てる雰囲気でオレは気に入っていた。 部屋はダブルの和洋室で、居間は畳に座卓の和の空間。居間と一続きの寝室には大きなベッドがあり和モダンな洋室となっている。 居間の座卓には足高のグラスが二つ。 実は、ゴローくんに先行して、オレが用意していたものだ。 そしてこれ以外にも事前にいくつか仕掛けをさせてもらっている。 「今日はね、ゴローくんにお手伝いして欲しい事があるんだ。それが上手に出来たら、オレ、すごく嬉しいんだけど」 「はい。何ですか?」 「ちょっと大変だけどゴローくん頑張れるかな?」 「はい。頑張ります」 「じゃあ……」 さあ、ここからコクウの知恵を借りたゴローくんへのサプライズが始まる……。

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