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第5話
天馬はバーの厨房でバイトをしていた。
中学を卒業してすぐ、四代目副ヘッドの九十九に紹介された店だった。そこは、九十九の知り合いが経営するバーで、ワケ有りの天馬を快く受け入れてくれた。
思いのほか、この仕事が向いていたらしく、物を作る楽しさを知った。オーナーの厚意で更に調理師免許までも取れせてくれた。
人出が足りない時はフロアに出る事も良くあり、見た目が小綺麗な天馬がフロアに出ると、途端店が華やかになる。
まさか、こんな小綺麗な男が、ヤクザの売人の片棒を担ぎ鑑別所に半年も入所し、ルシファーの頭であるとは誰もお客は思わないだろう。
オーナーには、本当はフロアにずっと出て欲しいと言われているが、頑なに断っていた。
その日は土曜日で、どうしてもフロアに出て欲しいと言われてしまい仕方なくギャルソン服に着替えて、フロアを忙しなく動いていた。
オーダーストップまであと、三十分。
やっと店も落ち着いてきて、ふと、外を見るとルシファーのシルエットが見えた。店は全面ガラス張りで、外が見えるようになっており、そのガラス窓の一番端にルシファーのライダースの背中をこちらに向けて、寄りかかっている大柄な男。宗方だった。
天馬は慌てて店を出ると、冷たい風が天馬を包み、思わず顔をしかめた。
宗方の所に駆け寄ると、
「宗方!どうした?」
いつからいたのか、鼻の頭が赤くなっている。
その日は、真冬に逆戻りしたような寒さで、外にいるのは苦痛だったはずだ。
「自分のバイトが早く終わったので、頭を迎えに……」
宗方の頬を触る。宗方は少し肩を揺らし、天馬の手を見つめている。
「冷たいな。いつからいたんだ?」
「……二十分前くらいです」
「店入ってくれば良かったのに。寒かったろ。中入って待ってろ」
そう言って宗方の手を掴む。その手も酷く冷たかった。
その手を掴んで、二十分は嘘だと天馬は思った。おそらく、一時間くらい待っていたのかもしれない。
「オーナー、すいません、こいつ入れてやってもいいですか?」
カウンターの向こうにいる、でっぷりした髭を蓄えた男に言った。
「おお、いいよ。なんだ、ルシファーの弟分か?」
「はい」
宗方はぺこりと頭を下げた。
「もう少しで店終わるから、これ飲んで待ってろ」
宗方をカウンターに座らせ、ホットカフェオレを出してやった。
「ありがとうございます」
「天馬くーん!」
その時、三人の女性グループに天馬が呼ばれた。
「なんすか」
あからさまに嫌そうな顔を女性グループに向けている。
「もっと愛想良くしなさいよ!全く!」
呆れたように一人の女性が言うと、
「でも、そこがいいんだけどねー」
そう言ってクスクスと笑っている。
「うぜーな……」
ポツリと言うと、ほら仕事、仕事!と、オーナーに言われ渋々天馬は女性グループの所にオーダーを取りに行った。
「ルシファーの子がここ来るの珍しいね」
オーナーが宗方に声をかけてきた。
「そうなんですか?オレ、最近入ったばかりなんで……」
「来てもすぐ追い返してるから、店に入れるの珍しいと思ってさ」
「今、頭のバイク預かってるんで……」
「あー、足代わりかい?」
オーナーは呆れたような顔をし、宗方は頷いた。
天馬が戻って来ると空いたグラスをオーナーに渡した。
「ジンバック、キール、モスコ」
「はいよー。あ、天馬、もう上がっていいぞ」
「え?いいんすか?」
「マサがいるし、もう今日はあの子達帰ればもう終いだろ」
そう言って、女性グループに目をやった。
「可愛い弟分、待たせちゃ可哀想だろ?」
「可愛いかどうかはわかんないですけど、じゃあ、遠慮なく」
天馬は宗方を見ると、着替えてくる、そう言ってスタッフオンリーの扉の奥に消えて行った。
十分程すると、黒いチノパンにルシファーのブルゾンを羽織った天馬が出てきた。
「天馬くん、帰えっちゃうのー⁉︎」
先程の女性グループが残念そうな声を上げた。
「迎え来てっからさ」
そう言って、宗方に親指を向けた。
「じゃあ、お先にー」
軽く手を上げ颯爽と帰る天馬に対し、宗方は礼儀正しくオーナーと女性グループに軽く頭を下た。
店に出るとすぐに、天馬のゼファーが停まっていた。ヘルメットを渡されるが、近いからいい、そう言うが宗方は黙って首を横に振った。
「わかったよ……」
口を尖らせ渋々かぶるとバイクを発進させ、天馬のアパートの前まで送り届ける。天馬はバイクから降りると、宗方はいつものように帰ろうとギア入れた。
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