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第13話

天馬は店のカウンターで雑誌を広げていた。 いつも愛読しているメンズファッション誌。良く見知った美しいその人は、華麗にポージングを決めている。 自分とは次元の違い過ぎる美しさ。そんな美しい人を見る度に、切なく苦しい気持ちになっていた。だが、前に比べると随分とその気持ちがないように感じた。 多分、宗方の存在なのだと思った。 時たま部屋に呼んでは、お互いを慰めて合っていた。宗方も拒否することもなく、時には自ら自分を求める時もあった。 こんなことはやめないといけないと思いながらも、玄龍似た目で求められてしまうと拒むこともできず、自分もあの目を見ると宗方を欲してしまった。 ふと、外が騒がしいと思った。 一の怒鳴り声が聞こえ、カウンターから腰を上げ外を見た。 一と安西が見覚えのあるジャージ姿の男の前に立ちはだかるようにしていた。 ジャージの男は間宮だった。 「どうした?」 「頭……こいつが、頭に合わせてくれって……」 一が言うと、 「おまえみたいのが来るとこじゃねえんだよ!早く帰れ!」 安西が間宮の肩を押した。 「安西、やめろ。スポーツマンの大事な体に傷ついたらどうするの。あんた、間宮くんでしょ?」 「はい……話、させて下さい」 間宮はそう言ってペコリと大きな体を曲げた。 「……中、入りなよ」 「頭!」 「おまえらは外で待ってろ」 そう言うと、間宮を店に入れた。 ボックス席に座らせると、先程入れたコーヒーを出してやる。間宮は軽く頭を下げると、コーヒーを一口すすった。 「で?スポーツマンがこんな所に何の用?」 タバコに火を点けると、俯いている間宮を見た。 「オレのことは聞いてますか?」 間宮が真っ直ぐな目をこちらに向けた。 少し垂れ気味の黒い瞳。彫りが深く、端正な顔立ち。名門天王寺のエースでイケメンとなれば、さぞかしモテるのだろうと思った。 「うん、聞いてるよ。あんた助けて、魁星辞めてバスケも辞めたって」 そう言うと、間宮は顔を伏せ目をキツく瞑った。 「もう一度、あいつにバスケやらせてやって下さい!」 そう言って、頭を下げた。 「……」 ふーっとタバコ煙を吐き出すと、表情を変えることなく間宮を見やり、次の言葉を待った。 「あいつは天才なんです。きっと、いつかオレなんか超えると思います。あいつのバスケは、努力だけでは補えない天性の才能があります。そんなやつがバスケ辞めるなんて……!しかも、オレのせいで……!」 悔しそうに間宮は握った拳を震わせている。 「美しいライバル関係?それとも、あいつがバスケできなくなった原因が自分で、罪悪感に耐えられなくなった?」 天馬の言葉にハッとしたように、間宮は顔を上げた。 「もう一度あいつがバスケすれば、その罪悪感から解放されるしな」 「……そうかも……しれません」 項垂れた間宮をジッと見つめ、灰皿にタバコを押し付けた。 「でも、本当にあの天性のバスケセンスを埋もれさせてしまうのは、勿体ないと思う気持ちはあります……」 確かに、先日の宗方のバスケを見た時、素人目線でも目を惹くと思った。 「別に、あいつがバスケやりたいって言えば、やればいいと思ってる。うちは極道じゃねーし。辞めたいって言えば、辞めることもできる」 「じゃあ……」 「でも、あいつはもうバスケはやらないって言ってる」 その言葉に間宮の動きが止まった。 「オレについて行くって、言ってる」 沈黙が流れた。 「あいつも言ってました……あなたについて行くと決めた……こんな自分を拾ってくれたあなたに感謝していると」 「そう……」 間宮にまでそんなことを言っていたのは意外な気がした。 「ここを辞めるのは簡単だ。ただ、一度こちら側に来てしまったあいつが、そちら側に戻るのは簡単じゃない」 「……」 「こっち側はそういう世界なんだ。きっと、スポーツマンのあんたには理解できないだろうけどな」 「……もし、またあいつがバスケしたいって言った時……ここを辞めさせてくれますか?」 「あいつが言ったらな。でも……」 言葉を切ると、 「あいつは言わないと思う」 そう確信めいた口調で言い放った。 「もう、いいかな?」 薄っすらと笑みを浮かべ、小首を傾けると間宮に言った。 「……でも、あいつのバスケしてる姿はカッコいいと思うよ」 そう言って天馬は腰を上げ、店の扉を開いた。 「一!安西!お客様のお帰りだ」 タバコを燻らしている二人に声をかける。 「来週からインターハイ予選が始まります。良かったら見に来て下さい。宗方と……」 一と安西がこちらにくると、間宮は天馬に軽く頭を下げ、二人の後ろについて店を出て行った。 天馬はタバコを取り出し口に咥えた。火を点ける事を忘れ、しばし、ぼうっとその場に立ち尽くした。

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