25 / 28
第25話
ルシファー引退と同時に上京した天馬は、調理師免許を活かしカフェの厨房で働いていた。
何年先になるか分からないが、お金が貯まったら自分の店を持ちたい、そんなことを漠然と思っていた。
結局、宗方のことは今でも忘れることはできなかった。だからと言って、連絡をしようとも思わず、宗方からも一切連絡が来ることもなかった。
あれだけ宗方を傷付けた自分が、連絡できるはずがない、その思いは変わらなかった。
仕事が終わり、携帯を見る。
相変わらずその待ち受けは宗方がダンクをしている写真。自分がこんなにも女々しい男だったと、自分自身驚いていた。
いつも考える。
あいつは元気なのか、怪我せずバスケをしているのか、自分の事などもう、過去となり忘れてしまっただろうか、と。
一から着信が入っておりコールを鳴らすと、すぐに一が出た。
「何か用か?この前、会ったばっかだろ」
『ま、そうなんすけど』
「で、何?」
アパートまでの道のりを歩いて帰る。店から歩いて十五分程の所にアパートを借りていた。
一応バイクも持ってきてはあるが、残念ながらあまり出番はない。
『この前、宗方に会いましたよ』
その名前にドキリと心臓が大きく鳴った。
「……元気だったか?」
『ええ、バスケ頑張ってるみたいですよ』
「そうか……」
バスケを続けていると聞き、自然と笑みが溢れた。
『あいつ、バスケの推薦で大学決まったって』
「へえー、すげえじゃん」
『都内の大学で、この春からそっちらしいです。で、大学が天馬さんの家から近いみたいで……』
アパートの階段を登る。一の話に現実味がなく、何を言いたいのか分からない。
『天馬さんち、教えておきました!』
「は?」
『上京したら、訪ねるって言ってましたよ』
階段を登りきり、自分の部屋の前に大柄な男が目に入る。
耳に当てていた携帯を、思わず耳から放すと、
「宗方……」
目の前にいる男を、呆然と見た。
『宗方に会ったら宜しく言っといて下さいね』
そう、携帯から一の声が洩れ、ツーツーと通話が切れた音が聞こえた。
「なんで……」
その答えは今、一が言っていた。大学がこっちになり、上京したと。
「突然……すいません」
ペコリと頭を下げる。
「一に住所聞いて……」
「そうか……元気か?」
そこでやっと、笑みが溢れた。
「はい、お陰様で……」
鍵を取り出し鍵穴に差し込もうとしたが、その手が震えて鍵穴を捉えることができない。挙句、鍵を落としてしまった。
すかさず、宗方がそれを拾い天馬に手渡す。
「手……冷てえ……」
その手を両手でぎゅっと包み込んだが、ハッとして慌てて手を離した。
誤魔化すように鍵を開け、
「入れよ……」
宗方を中に通すと、部屋を見渡し、
「前のアパートと似てますね」
そう言った。
「そうか?コーヒー入れるから、座ってろよ」
キッチンに行き、コーヒーメーカーをセットした。その手もまだ、心なしか震えている。ドキドキと心臓の鼓動が酷くうるさい。
宗方が座っているソファの横に腰を下ろす。
「バスケの推薦取れたんだって?」
やっと、そこで宗方の目を見ることができた。相変わらず、鋭い目は玄龍を思い出せるが、細めたその目は少し柔らかくなったように思えた。
「はい、運良く……」
そう言って目を伏せた。
「頭……」
「オレはもう、頭じゃねえよ。とっくに引退してんだ」
「そうでしたね……」
そう言って、苦笑いを浮かべた。
「ルシファー辞めて……本当は、バスケもやろうと思ってませんでした」
ポツリと宗方が話し始める。
「でも、一が……あなたがバスケをしているオレの姿が好きだったってこと聞いて、それならもう一度バスケやろうと思いました」
不意に、テーブルに置かれた天馬の携帯を手に取った。そして待ち受けを天馬に向ける。
そこには宗方がダンクをしている姿。
「バスケしてるオレだけですか?オレ自身を好きなんじゃないんですか?」
宗方は、確信めいた口調でそう言った。
ともだちにシェアしよう!