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Please say no:好きな気持ちと認めたくない想い2
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昼間のことを考えていると、どうしても眠るが出来ず、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
空にはキレイな三日月が出ていて、淡い光を放っている。そのか細く淡い光が、どことなく自分の姿に思えてしまい、胸がキリキリと絞られるように痛くなった。
――例えるならアンディは、太陽のような光を放つ王子――
どんなに体調が悪くても、そんな素振りを一切見せず、笑顔を絶やさないで公務をこなす、模範的な王子だった。
互いの国の公式行事の場が終わり、パーティ会場を出た瞬間に、高熱で倒れたアンディを支えてビックリしたのは、つい最近の出来事――
傍にいた、国王である父親に、
「お前はワガママばかり言って、不機嫌な顔しか出来ない無能な王子だ。少しはアンドリュー王子を見習いなさい!」
強い口調で怒鳴られて、倒れたアンディを思わず放り出してしまった。本当はずっと、抱きしめていたかったのに――
キラキラしていて眩しいアンディは、まさに太陽のような存在で、僕はそんな太陽の光に当てられ、やっと輝くことの出来る、月みたいな王子。
月が太陽に憧れて、必死に追いかけても、その距離は永遠に縮まることはない。
僕がどんなに恋焦がれても、アンディには届かないんだ――
(無駄な片想いだと分かっているのに、なぜ諦めきれずに何年越しで、アンディのことを想っているのやら)
アンディ以上のヤツが現れないのも、原因の一つではある。というかアイツ以上の男など、この世には存在しないのではないだろうか――
その容姿はまるで童話の国から、ひょっこりと抜け出てきた王子のままだし。
一言目には「和馬和馬」と煩く、少々性格や嗜好に難点があるけれど、心根が優しくて頼りがいのあるヤツなんだ。
隣国で幼馴染で同じ年という間柄、何かと一緒に行事をこなすことが当たり前で、アンディの兄や弟とも交流していた。
人付き合いが苦手な上に、口下手な僕をアンディは気に留め、よくフォローしてくれたのだが――その優しさを恋心と勘違いした時点で、僕は間違ってしまったんだ。
切ない気持ちを胸の中に抱えながら、目を細めて月を見上げたとき、遠慮がちなノックの音が室内に響き渡った。
「……誰だ?」
「夜分遅くに申し訳ありません、キサラギでございます」
こんな夜遅くに、何かあったのか!?
慌てて扉を開けると、一礼したキサラギが声を潜めながら訊ねる。
「エドワード様、眠れないのでしょうか? もしよろしければ、心が落ち着くハーブティをご用意いたしますが――」
「どうして、僕が寝ていないことが分かったんだ?」
「自室に行こうとしたら、窓の明かりが漏れていたものですから」
憮然としながら告げると、ちょっとだけ顔を引きつらせ、たじたじと恐縮しながら答えたキサラギ。
「お前の部屋は僕の部屋とは、逆方向だろう。どうやって、明かりを見ることが出来る?」
腕を組んで背の高いキサラギを見上げると、口を「あ」という形にして、石のように固まった。実直な男ゆえ、嘘がつけない。しかもワザととしか思えないような、見え透いた嘘をつくなんてな。
「この間も注意しただろう。僕が寝室に入ったら、お前の仕事は終わりなんだ。さっさと風呂に入るなり、寝るなりして明日に控えよと、言い伝えたであろう。僕の行動を、いちいちチェックしてくれるな。しかも嘘をつくなよ、キサラギ!」
僕の怒号にすっと片膝を床につき、頭を下げた。
「申し訳ありません、マイ プリンス! 今日の出来事が気になって眠れないのではないかと、変に気を回しすぎてしまいました」
「今日の出来事って?」
「あの……アンドリュー王子との、やり取りでございます。私が紅茶の淹れ直しをした件で、エドワード様がお心を痛めているのではないかと思いまして」
目を伏せながら言葉にしたキサラギに、ぷいっと顔を横に背けるしかない。
「……別に。済んだことをぐちぐち考えても、しょうがないだろう」
自分が思っていたよりも、ひどく冷たい声色で伝えてしまったせいで、キサラギの問いを自動的に肯定してしまった。
「ではこのお詫びに、寝つきが良くなるカモミールティをお淹れいたしましょう。レモンバームをブレンドして、香りを良くいたしましょうか?」
僕の態度とは対照的に、優しい声色で話しかけてくる。
やっぱり、キサラギは大人なんだな――それに比べて僕は、何て器の小さいヤツなんだ。
「ああ、そうしてくれ。済まないな、夜遅くなのに……」
顔を背けたまま、素っ気なく告げてしまった。気持ちの立て直しが、スムーズにいかない。
「かしこまりました。すぐにご用意いたしますね」
嬉しそうに言って、小走りで駆け出して行く。
(まったく――お前という男は……)
「待て、キサラギ! ティーカップは、2つ分用意しろ」
慌しく走る背中に、声をかけてやった。
そんな風にあからさまに嬉しそうにされたら、何かしてやりたくなるじゃないか。
「は――?」
「僕ひとりで飲んでも、つまらないだろう。もうひとつはお前の分だ。今日飲んだローズティの葉で、訊ねたいこともあるしな。急いで持ってこい、命令だ!!」
「かしこまりました、マイ プリンス!」
暗い廊下を輝かせるような満面の笑みを浮かべ、きちんと一礼してから、弾むような足取りで去って行く。
キサラギのヤツ、大人なんだか子どもなんだか分からないヤツだな。
そんなことを考えていたら、落ち込んでいた気持ちがいつの間にかなくなり、心が穏やかになっていた。
「さすがは僕のマイ バトラー。一流だね、まったく」
言いながら扉を閉めて、キサラギが持ってくるお茶を心待ちにしたのだった。
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