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Please say no:揺れる気持ちと戸惑う距離感

 キサラギが去った後、狐につままれた気持ちのまま呆然とベッドに座り、どれくらいの時間が経っただろうか。  見たことのない大人の顔をしたキサラギが、はじめは怖かった。なのに――  熱を帯びた視線や甘く囁かれる言葉に、いちいちドキドキしてしまい……  しかも初めてのキスで尚更、頭が混乱をきたしてしまって、途中からワケが分からなくなってしまった。 「ファーストキスを、キサラギに奪われてしまった」  初めてのキスは自分から、誰かにするものだと思っていた。  アンディにしたい――そう思っても、相手は男だし片想いだし。将来的にはどこぞの姫君に捧げるものだって、自分なりに予想していたのに……  しかもキスされたことに驚きつつも、与えられるぞくぞくとした何ともいえない快感に、体が瞬く間に変化した。 「何とも想っていない相手からのキスで、ああなってしまうなんて、僕は淫乱なのかもしれない……」  キサラギのことは、キライな対象じゃない。むしろ好意に近いけど、アンディに対する気持ちとは、まったく別物だ。  キサラギのヤツ、何を考えて僕にあんなことをしたんだろう? 僕の慰め方が子供じみていたから、執事としてああいった形で教育を施したのだろうか? そもそもアイツは僕のことを、どう想っているんだか――  執事として日本語教師として、僕に尽くしてくれている普段の姿。  はじめは日本語教師として雇っていたが、優秀なキサラギを傍に置きたくて、執事になるよう命令したのは僕自身の判断だ。  その後、執事教育を受けながら生活をともにし、やがて傍仕えの執事となった。  僕の体を心配するあまり、時として見張るなどという行動を起こしたりをするが、それは執事として仕事を全うしようとする気持ちが、そうさせているのだろうと思い……  だから――  特別な気持ちがあるからといって、そのような馬鹿げたことをする男じゃない。だからこそキサラギに対し、これからどう接していったらいいのだろう?  強く掴まれたせいでほんのりと跡が残っている右手首を、優しくそっと撫でながら、答えの出ない自分に苛立ちを覚える。 「是非に及ばず、か」  アンディに教わった、キレイな日本語。  ヤツの執事は年配なので、いろいろな言葉をアンディに教えているらしく、傍で聞いているだけで勉強になった。 「キサラギの気持ちが見えるわけでもないし、自分がアレコレ考えてても、仕方ないんだよな……」  ベッドからゆっくりと立ち上がった時、目覚ましのベルが静かに時を告げる。  いつものように手を伸ばしてベルを止めてから、バスローブを手にシャワールームに向かった。  いつもの日常が、これからはじまる――気を引き締めなければ!  この気持ちで、今日一日を過ごしてみようと思った。

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