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Please say no:終わる恋とはじまる恋
あれから、1週間近く経っていた。
落ち着かなかった気持ちも時間の経過とともに、澄んだ湖のように穏やかになり、不安なく過ごすことが出来るようになった。
それもこれもキサラギが、いつも通りに接してくれたからだと思う。
「本日のティータイムに合う様に、久しぶりにデザートをお作りいたしました。ブルーベリーとラズベリーのタルトと、ローズヒップティーでございます」
3時のティータイムは天気が良かったので、外で戴くことにした。大きなパラソルの下、ほっとしながらお茶を一口、飲もうとした瞬間――
「やっぱりここにいたのか、何てナイスなタイミング!!」
ワザとこの時間に目掛けて来たであろうアンディが、ニコニコしながら歩いてきた。
公務だったのか、白とエンジ色で施されたダブルのミリタリージャケットを、華麗に身にまとっている。
眩しすぎるくらい、格好いいじゃないか――
コッソリ心の中で感想を告げつつ、大きなため息をついてやった。
「何しに来た。今日は謁見もないし、呼んではいないぞ?」
「相変わらず、何なのだ? わざわざ出向いてやったのに」
キレイな顔を、あからさまに歪ませて僕を見る。
「ちょうどいい所に、おいでなさいました。アンドリュー王子、お茶はいかがでしょう?」
不穏な空気を読み取ったキサラギが、間髪いれずアンディに問いかけた。
「いつもありがとうなのだ、喜んで戴くとする」
「かしこまりました。本日は私が手作りした、デザートもお付けいたしますね」
「本当か!? それは来た甲斐があったというものだ」
ほくほくしながら目の前に座るアンディに視線を飛ばすと、テーブルに頬杖をついて、じっとこっちを見る。
「なぁ、何かあったのか? お前とキサラギ」
「何かって、何のことだ?」
中断されたお茶を、やっと口にして言葉を発する。甘酸っぱいローズヒップティーに、まろやかな甘さの蜂蜜が入っていて、その匙加減が絶妙だった。お茶の水面には、見慣れないハートの形をした赤い花びらが2枚、くるくる回りながら浮いている。
「何と言って、表現したらいいものやら。難しいのだ……」
「アンディ……言えないことは安易に口にするな。考えてから言って欲しい」
うーんと唸るアンディを睨みつつ、またお茶を一口飲んだ。
「見えないものを、何と言って表現したらいいのか分からなくてな。ん~何だろう、見えない壁の様なモノが、存在している感じなのだ。キサラギもどこか変だし、エドもなぁんか変に見える」
「お前はわざわざ、僕を怒らせに来たのか?」
「まさか! 明日、日本に発つのでお土産は何がいいかと思って、聞きに来たのだ」
ひょいという感じで肩をすくめて、苦笑いを浮かべるアンディ。
そこにキサラギが戻って来て、アンディの前にお菓子とお茶を、手早く用意していった。
「わあ、これはお茶の上に花びらが浮いていて、とても可愛いじゃないか。まるで、俺と和馬のハートに見えるぞ!」
「ありがとうございます。こちらの花びらは、ハイビスカスの花びらを切って、浮かべてみました。お気に召したようで、嬉しく思います」
優雅に一礼してその場を去っていく、後姿を見やった。
僕は本当に、人を上手く褒める術を知らない――アンディのようにさりげなく褒めることが出来たら、キサラギはもっと笑ってくれるんだろうな。
「あ、キサラギ、ちょっと待つのだ!」
去っていく背中に向かって、大声で呼び止めるアンディに、何でございましょう? と不思議顔した。
「明日、日本に行くのだが、お土産は何がいいかと思ってな。日本人のお前なら、恋しいものや懐かしく思う品が、何かしらあるであろう?」
その言葉にしばし考え、黒真珠のような瞳を輝かせながら、口元をほころばせた。
「では、美味しい抹茶をお願いしても、よろしいでしょうか?」
「お安い御用なのだ」
「アンドリュー王子の味覚を持ってすれば、必ず美味しいものが手に入るはずですので。店先で抹茶の色を確認してから、それぞれの味を堪能なさって下さい。直感で鮮やかな色と思うものが良いものですし、美味しいものでしたら、変な苦味がございませんので」
事細かに指示していくキサラギに、内心唖然としてしまう。たかが土産ひとつに、何ていうこだわりを持っているのやら――
「ずっとお前のお茶を、堪能させてもらっているからな。お陰で舌が肥えたせいで、煩い男と称されてしまったのだぞ。で、エドは何を、リクエストしてくれるのだ?」
当たり前に聞いてきたアンディに、何も考えていなかった僕。
「えっと、そうだな。お前が無事に帰ってくるのが土産だ。治安がいいとはいえ、見知らぬ国に行くのだから、用心せねばならぬぞ」
「……さすがエドは、模範解答的な答え方をしてくれる」
呆れた物言いをするアンディに、ぷいっと横を向いてしまった。
「一応、大事な幼馴染の渡航だからな、心配するのが当然だろ」
――そう、大好きな和馬に、わざわざ逢いに行くための渡航なんだよな――
「じゃあ日本の写真をたくさん撮ってきて、土産話を聞かせてやろうぞ。楽しみに待っていろエド!」
嬉しそうに微笑むアンディに、内心苦笑しつつ微笑み返す。
「写真、いいですね。私も楽しみにしております」
珍しくキサラギが会話に入り、微笑みあってる僕らの合間に入った。
「最近、軍事衛星から撮影した和馬の写真を加工するのが、趣味になっていてな。手をかけていくのが、楽しくてならないのだ」
うわぁ…と思いながら、その言葉を聞き辟易する。
アンディの城には『和馬コレクション』という部屋があり、そこにはずらーっと和馬の写真が、所狭しと壁に貼られてあり、いろいろな情報が一発で閲覧できるよう、パソコンも備え付けられていた。
「私はもっぱら引き伸ばすのが精一杯でして、今度ご教授していただきたいです」
「なぬ? お前、写真撮影が趣味であったのか?」
「いいえ、もっぱら鑑賞ばかりでして。その場の一瞬を切り取る写真のあの感じを、大きく引き伸ばして、鑑賞しているだけでございます」
「ほー、分かるな、その感じ。では帰国したら教えてしんぜよう。いつも上手いお茶を、こうして飲ませてもらってるお礼なのだ」
微笑み合うふたりを見て、もしかしたらキサラギの片想いの相手が、アンディなのではないかと閃いてしまった。
僕と同じような瞳の色。(アンディはスカイブルーだけど)
同じような金髪に、王族である身分。そしてアンディには想い人がいる、だから片想いになるよな。僕と同じ人に恋をしているんだ、キサラギのヤツ……
やがて喋り倒し終わったのか、テーブルを離れていくキサラギに、何となく視線を送ってしまった。同じ想いを抱えるアイツを哀れんでしまって。
思わず俯いたら――
「なぁエド、お前、誰か好きなヤツはいないのか?」
唐突に訊ねられ、ぽかんとしてアンディの顔を見つめてしまった。
「何なんだ、毎度毎度いきなり、質問攻めだな」
お前が好きなんだと言えたら、随分と楽になれそうなんだけど。
「傍にいるというのに、見ていて歯痒くなるのだ。俺なら間違いなく、手を出しているであろうな」
手を出すというワードに、胸の中がきゅっとしなった。
「好きなヤツなんていない。そんなモノがいたら、公務に支障をきたしてしまう」
むっとしながら答えてやると、やれやれと言いながら、お茶をすすったアンディ。
「ならさ、一番身近にいるヤツに、目を向けてやってはくれないだろうか? 無理して好きにならなくていいから。心を傾かせてやるだけでいいから、してやってほしいのだ」
一番身近にいるヤツって、キサラギのことか?
「僕が心を傾けてやって、ソイツが喜ぶのか? 全然分からない話だな」
ちょっとだけ憤慨してやると、バカだなお前と一言呟いて、キレイな金髪をなびかせる。
「ソイツはずっとエドを強く想っていて、見守っているのだぞ。誠心誠意尽くしている相手に対して、ちょっとだけでいいから、心を傾けてやれと言ってるのだ。その心が分かればお前はもっと、幸せの意味を知ることが出来る」
ちーっとも分からない言葉を並べられ、小首を傾げる僕に柔らかく微笑んだアンディ。その言葉がまるで遺言のように響いたのは、僕の気のせいだったのだろうか?
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