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Please say no:終わる恋とはじまる恋2
***
アンディとお茶を共にした、次の日――外はしとしとと降りしきる雨が、窓を濡らしていた。激しい雨ではないので、飛行機の運航に支障はないだろうけど。
寂しく想う僕の心の内を示しているような雨が、何だか疎ましくなってしまい、執務が捗らなかったんだ
『なぁエド、普通の執事はここまで、手をかけないのだぞ?』
「何がだ?」
先日、一緒に茶菓子を堪能してから帰るというアンディを見送るため、並んで歩いていると、庭先に咲いているバラ園のバラをそっと手に取り、しげしげと見つめる。
『このバラの棘を切っているのは、どうせキサラギなんだろ? お前が好きなバラを手にとって堪能させるべく、怪我をしないようにこうやって、いちいち手入れをしている。これは普通、庭師の仕事なのだ。執事の仕事だってあるだろうに、大変なことであるぞ』
「そうだな……。忙しいのに、よくやってくれている」
適度に広いバラ園に視線を向けると、色鮮やかなバラが方々に咲き乱れ、いい香りを風が運んでくれた。
『普段から世話されまくられて、麻痺しているのだエドは。しかも何気に冷たいしな』
「感謝はしているぞ」
『いいや。無表情でありがとうと言われても、全然嬉しくないのだ。もっと気持ちを込めてあげなければ』
バラ園からアンディに視線を移すと、切なげに微笑みながら僕の肩に、そっと手を置く。
――お前がすきなんだ――
アンディの顔を見たら、そう口に出しそうになった。
返答を告げられずにいる僕に、本当は言いたくはないのだがと、ゆっくり空を見上げたアンディ。
『俺の恋愛が上手くいかない可能性が高いからこそ、エドには幸せになってほしいと、切に願うのだ』
「アンディ……?」
『お前は大事で大好きな、幼馴染なのだから。だけど俺以上にエドを想っているキサラギが、常に傍にいれば、安心して日本に行けるのだが』
バラの香りを運んでくる風に、さらさらの長い金髪をなびかせ、僕の顔をじっと見下ろしてきた。
「アンディ、何を言ってるんだ? キサラギが想っているのは、お前なのだぞ?」
少しだけ声を荒げて言ってやると、大袈裟に前のめりになって転ぶ真似をする。
『だからお前って、本当にバカなのだっ!! どこをどう見たら、そうなるのだ? いつもキサラギがエドのことを見つめる瞳が、どんな風なのかを感じられないのか?』
「どんな風って、言われても……」
僕はアンディしか見ていなかったから、まったく分らない――
『お前がそんなんだから、キサラギを見ているとな、切なくてつらくて堪らなくなるのだ。好きになってくれと無理強いは言わないから、少しでもいい、心をかけてやってくれ』
僕の肩に置いていた手を使い、優しくぽんぽんと叩き、優雅な足取りで去って行ったアンディを、追いかけることが出来なかった。
「キサラギが、僕のことを想っている――?」
信じがたい事実に、眉をひそめるしか出来ない。
深いため息をつきながら雨に濡れた窓の外を見ると、雨具を着たキサラギが、バラ園で何かをしている姿が目に留まった。
「こんな天気の悪い中で、作業などしなくてもいいのに……」
そんなに一生懸命に何かをしたところで、僕から冷たい態度をとられて、ありがた迷惑的な言葉を投げつけられるというのに――
奥歯を噛みしめシャツの胸元を、ぎゅっと掴みながら窓際から立ち去る。
――今までのように、キサラギの姿を見てはいられない――
和馬のことを好きなアンディの傍にいるだけで、とてもつらい思いをしたのだ。たまに逢うだけでもつらいというのに、アイツは四六時中、僕の傍にいる。僕がアンディを好きだと気付きながら、どうして平然として、かいがいしく世話ができるのだろうか?
「お前の言うとおりだ、アンディ……。僕は本当に馬鹿者だよ」
好きだという愛情を込めて、世話をしてくれたキサラギ。それが当たり前だと思い、世話をされていた僕。自分の想いにいっぱいいっぱいで、キサラギの好意に気づけなかった。
体を投げ出すように椅子へ座り込むと、静かなノックが執務室に響き渡る。
「失礼いたします。お仕事、捗っているでしょうか?」
音もなく入ってきて大きな体を小さくし、こちらを窺うように訊ねてきたキサラギ。
「あ、まぁ……。うん、ほどほどに」
執務室の大きなデスクの上――たくさんの書類がバラバラに散らばっていて、ぱっと見、捗っていないことが明らかだった。
バツの悪い顔をする僕を苦笑しながら傍まで近づいてきて、背中で隠し持っていたものをデスクの隅にそっと置く。
「――これは?」
赤やピンク色の小さいバラの花を、オレンジ色のリボンで束にし、透明で小さな丸い花瓶にあつらえてあって。
それを見た瞬間、心の中がほっとした。とても小さいブーケなのに、存在感があって目が離せない――
「本日は、アンドリュー王子が日本へ旅立たれる日で、エドワード様がお寂しいだろうと思い、差し出がましいでしょうが、こんな物をお作りいたしました」
「さっき、外に出ていたのって――」
わざわざ僕のために、お前は……
「はい?」
「いや、あの……」
こういうとき、アンディなら何と言って、キサラギを褒めるだろうか? ――そうだ!
「何だか元気になりそうな色ばかり、揃えてくれたのだな。こんな小さな花束を、大きな手を持つお前が作ってる姿を、後ろから眺めてみたかったかも」
引きつりながらだろうけど、一生懸命笑顔を作って、感想を述べてみる。
アンディはいつも目の前のことをじっくりと観察して、素直に言葉として表現していた。それを思い出し、実行してみたのだが――
僕の言葉にキサラギは目を大きく見開き、ぽかんとした表情をしていて。何だかそれが無性に、おかしくなってしまった。
「おい、何て顔しているんだ。僕が変なことでも言ったのか?」
「いえ……。何と言っていいのやら。申し訳ありません、面食らってしまって――」
「いつもありがとう、キサラギ。お前のお陰で僕は、頑張ることが出来ているよ」
内心ドキドキしながら、日頃の感謝を口にする。きっと、頬が赤くなっているかも――
慌ててデスクに散らばっている書類を、咳払いしながら片付け始めた。
「こちらこそ、労いのお言葉ありがとうございます。今から、お茶をお召し上がりになりますか?」
いつもより柔らかい口調で訊ねられ、思わず頬が緩んでしまう。
「ああ。肌寒いから、温まるものを頼む」
「かしこまりました。では、ジンジャーティーをご用意させていただきます」
姿勢を正してから一礼し、颯爽と出て行く背中を見やった。
お前はどんな気持ちで、僕の世話を行っているのだろう?
訊ねてしまったら、お前がまた大人のキサラギになってしまいそうで、ドキドキしてしまうから訊ねられない――
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