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Please say no:癒しの鼓動とあたたかい手の平

「むぅ、何だったかな?」  執務がひと段落しネットでゲームをしようと、久しぶりにサイトに接続したのだが――久しぶりすぎてパスワードを、すっかり忘れてしまった。  思いつく限りのパスワードを、あれこれ入力したのだけれど、全て弾かれてしまう。 「どうなさいました? エドワード様」  つまらない顔をしながらキーボードを弄る姿に、違和感を覚えんだろう。デスクの傍に控えていたキサラギが、颯爽とやって来る。 「ここのサイトのパスワードを忘れてしまって、入れなくてな」 「少々お時間を戴いて、よろしいでしょうか? お調べいたします」 「お前――そんなことが出来るのか?」  ビックリしながら席を退くと、艶っぽい笑みを浮かべ、僕の顔を見てから椅子に座った。 「王家の執事ですから、これくらいのことが出来ないといけないですし。いざという時に使えない執事だと言われて、解雇されたら困ってしまいます」  言いながらもの凄い速さでキーボードを叩き、見たことのない画面を開いて調べていく。 「写真の加工が出来ないクセに、高度なワザを使って……。キサラギって本当に、変なヤツだな」  感嘆しながらため息をつくと、さっと席を退いた。 「多分こちらが、パスワードになると思います。お試しください」  少々のお時間って言ったから、もっとかかると思っていたのに凄いな。 「ありがと。早速試してみる」  椅子に座って表示されたパスワードをキーボードで打ち込むと、あっさりと入ることが出来た。  嬉しくなってパソコン画面からキサラギの顔を仰ぎ見ると、同じように嬉しさを滲ませた瞳とバッチリ合ってしまい――鼓動がドクンと、一瞬だけ高鳴った。それを意識した途端、頬が熱くなり思わず俯くしかない。 「入れたようで、良かったですね」  どぎまぎしている僕を尻目に、ポケットから懐中時計を取り出し時間を確認してから丁寧に一礼して、執務室を出て行ったキサラギ。 「相変わらず、なんだよなアイツ……」  執事として、真摯に尽くしてくれる姿以外を見せることはなく、いつもと変わらない日常。  チラッとでも例の姿を見せたら、僕のことが好きなのかを問い質してやろうと思っているのに、隙がないったらありゃしない!  やっぱりアンディの勘違いなんじゃないかと、思ったその時――  さっき出て行ったばかりのキサラギが、ノックもせずに執務室に戻ってきた。その顔色は青ざめ、明らかに様子がおかしい。 「落ち着いて聞いてください、エドワード様……」 「あまりいい話じゃなさそうだな、何だ?」  王家同士の相続争いが、また勃発したというのだろうか? 厄介な話なんだよな……  デスクに頬杖をついて、大きなため息をついてみせた。 「先ほどアンドリュー王子の執事、ジャン殿から連絡が入り、体験入学していた高校の階段で、アンドリュー王子が足を滑らせ転落して、病院に運ばれたそうです」 「何、だと――?」  驚愕の事実を突きつけられ、慌ててキサラギの傍に駆け寄る。アンディが日本に出発してから、まだ5日しか経っていないというのに。 「アンディの安否は、どうなっている? 無事なのか?」 「それが――命に別状はないらしいのですが、意識がお戻りにならないそうです」  意識が戻らないって、どうして……? 『その心が分かればお前は、きっと幸せの意味を知ることが出来る』  この言葉をまるで遺言のように、僕に向かって伝えてくれたアンディ――もしかしてお前は、全てを投げ出してしまったんじゃ……  そう思った瞬間、目の前が真っ暗になった。 「エドワード様っ!?」  キサラギの慌てまくった声を遠くに聞いた瞬間、温かい何かに包まれる。やけに安心感のあるそれに、僕は身をゆだねてしまった――

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