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Please say no:癒しの鼓動とあたたかい手の平3
***
――とても温かいぬくもり。そして懐かしいそれを、体全体で感じていた。
耳に聞こえる少し早い鼓動が何故か、安心感に拍車をかけてくれる。もっと聞いていたくて、その人の胸元に自分の顔を、思わずうずめてしまうんだ。
鼓動の音を聞きながら、その人の名前を心の中でそっと呟く。日本語が堪能になっても、どうしてもその人の名前が正しく言えず、もやもやしていたから。
心の中では言えるんだ、間違いなくスラスラと……。だから実際に名前を呼んでやって、お礼を言ったらきっと、凄く喜ぶのが分かっているのに口から出た言葉は、名前とは思えないくらい、程遠いものになり――それでもキサラギはイヤな顔ひとつせずに、優しく僕の頭を撫でて、お礼を言ってくれるんだ。
いつになったらお前の名前を、正しく呼ぶことが出来るのだろう? 僕のことを一途に想い、尽くしてくれるお前の名前を、きちんと呼んでやりたいのに。
ボロボロになったこんな自分を、誠心誠意支えてくれるキサラギの名前――
「う…っ、ちゅ……」
ああ、やっぱりまた失敗してしまった。
「エドワード様!?」
ゆっくりと目を開けてみたら、心配そうなキサラギの顔が傍にあった。
「……キサラギ、僕はどうしたんだ?」
「アンドリュー様のことで、心労が一気にかかってしまわれたのでしょう。ここで倒れられたんです。私自身も気が動転してしまい、この場で固まってしまいました、申し訳ございません。すぐにお休み出来る手配を、怠ってしまいました」
「いや、いい……」
僕は迷うことなく、キサラギの大きな体に腕を回した。
「ベッドで休むより、こうしてくれた方が何だかすごく落ち着くから」
お前の鼓動が僕を撫でてくれる手の平が、精神安定剤になっていて。ひび割れてしまった心が、何かに潤されていくみたいで癒されるんだ。
「エドワード様――」
少しだけ困惑した声色で僕を呼んだけど、キサラギは更に力を入れて、僕をぎゅっと抱きしめ返してくれた。
(何を考えているんだろうな。心拍数がバクバク高鳴って、2倍になったぞ)
「なぁ、アンディの傍に、和馬は付き添っているのだろうか?」
「ええ、しっかりお傍に控えているようです」
「なら、僕が見舞いに行く必要はないな」
「執務を調整すれば、日本へ行くことは可能でございますよ。いいのですか?」
その言葉に顔を上げてキサラギを見ると、心配そうな眼差しをして僕を見ていた。愛しむ様なその眼差しに、自然と胸が高鳴る――
そんなキサラギの思いやりに応えるべく、一生懸命に笑顔を作ってみせた。
「愛する和馬が傍にいれば、僕が行く必要はない。きっとその内、目が覚めるさ。アンディは、ただ者じゃないのだから」
「……おつらくはないのですか?」
「ああ、大丈夫だ。僕にはお前が付いていてくれるから、しっかりしていられる」
一瞬だけキサラギをぎゅっと抱きしめてから、一気に立ち上がった。
僕を見上げる座ったままのキサラギの視線は相変わらず、心配そうな眼差しをしたまま。不安げなその顔を、何とかしてやりたいと思った。
「バカだな、そんな顔をして。無理はしていないから」
そう告げてやりシャープな頬を右手でそっと撫でてから、キサラギの唇目掛けて自分の唇を押し当ててやる。
触れるだけのキスだけど、お前が元気になるのなら――
この間は感じることが出来なかった柔らかい唇の感触に、胸をドキドキさせながら唇を離そうとした瞬間、首に絡まってきた筋肉質の両腕。
僕からキスしたハズなのに、掠め取るようにキスをされ、どうしていいか分からなくなる。
キサラギの唇と後頭部に回された手が、ぎゅっと頭を挟み込み、逃がさないと示していて。苦しさのあまり呼吸がままならなくなり、空気を吸おうとして開いた唇の隙間を、狙い澄ましたかのように、荒々しい感じで舌が入ってきた。
「…っ、んんっ……あ…ンンッ!」
奪われた唇と絡められる舌をどうしていいか分からず、はじめはされるがままにしていたけど。唇から伝わってくるキサラギの想いとか、耳に聞こえてくる水音やお互いの息遣いが、堪らなく切なくて愛おしくて――
気がついたらキサラギの舌に、自分の舌を絡ませて求めるようなキスをしていた。
僕が求めた瞬間、離された唇――だけど首に回された両腕はそのままの状態で、まるでキサラギが求めているみたいに見えた。
肩で息をする僕を、黒真珠の瞳を細めてじっと見上げる。
「ご無理を、なさらないでください」
「さっきも言っただろう、無理などしていない」
「ですが――」
眉間にシワを寄せ、まぶたを伏せたその顔には、明らかに困惑の色が浮かんでいて、僕までどうしていいか分からなくなってしまう。せっかく、キサラギの想いに応えてやりたいって思っているのに――
頬に添えていた右手を移動させ、眉間のシワを伸ばすように、グイグイ広げてやった。
「エドワード様?」
「お前は、ムダな心配をしなくていいんだ。その……いつも通りでいてくれ」
僕の告げた言葉を聞き、眉間のシワを伸ばしてる手をぎゅっと掴む。
「それは無理なことでございます。何故ならば――」
握りしめた手を放り出すように引き離して、ゆっくりと立ち上がった。
「同情心を持って戴くくらいなら、お傍にいたいとは思えませんので」
同情心――?
「そんなつもりで、お前にキスをしたんじゃないぞ。僕は」
「申し訳ございません。仕事が立て込んでおりますので、失礼いたします」
僕のセリフを遮るように、執務室を出て行ったキサラギ。
アイツがどんな顔をしているのか、見る暇もなく身を翻してしまったので、全然分からなかった。
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