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Please say no:すれ違う想いと募る気持ち2

***  勢いで、城を出てきてしまった――このままでいたらエドワード様のお気持ちを考えず、自分の気持ちを押し付ける行為をする恐れがあると考え、距離をおかねばと何も言わず出てきたのだが。 (自分のことばかりを考えて、エドワード様の現状を、見誤ってしまったかもしれない)  好きだったお方が、異国で意識不明になっているのだ。いてもたってもいられないだろうに、ご無理をして必死に我慢なさっていた。  だが戻ろうにも戻れない。既に私は飛行機に乗り込み、実家のある日本に向かっている。あと十数時間で、帰国することが出来るのだが、帰ったからといって特に何かするあてもなかった。  背広の胸ポケットから手帳を取り出し、真ん中に挟めている写真を取り出して眺める。幼き日のエドワード様が、満面の笑みで私を見上げているお姿―― 『キサラギの名前を上手く言えないけど、書道の文字なら上手く書けるんだぞ』  そう仰って筆を器用にお使いになり、半紙に大きく書かれたその文字は、本当にお上手だった。嬉しくて額に入れて、部屋に飾ってしまったくらいに。  だが―― 「未だに私を名前でお呼びにならないのは、上手く言えないからでしょうね。厄介な名前を、親から授かってしまった……」  日本語にしたら難しい読みではないのだが、やはり外国人には難しいのだろう。 「主が呼びにくい名前を、どうしてつけたんだと文句を言いに帰りますか」  苦笑しながら眼を閉じる。離れていても、ずっとエドワード様のことが、頭から離れなかった。  十数時間の空の旅を終え、久しぶりの日本の地に足をつけながら、う~んと伸びをした。体の大きい自分には、やはりエコノミークラスは結構キツい。  どんよりした空を見上げ、久しぶりに肌で感じる空気に違和感を覚えた。  そういえば梅雨の時期は、こんなに湿度が高かったなぁと、まとわりつく空気感を懐かしく思いながら、ポケットからハンカチを取り出し、滲んでくる汗を拭う。  腕時計を見ると、午前10時過ぎ――病院の面会時間に支障がないので、そのままタクシーに乗り込み、一路アンドリュー様が入院されてる病院に向かった。  途中、花屋に寄ってお好きなマーガレットを花束にしてもらい、その足で病室へと赴く。執事のジャン殿から、病室番号を聞いていたので迷うことなく進み、扉の前で立ち止まった。  トントントントン!  ノックを4回し姿勢を、姿勢を正して中からの応答を待つ。 「――はい?」  聞こえてきた声は、くぐもっていたが、明らかにジャン殿ではない。だとしたら――  ゆっくりといった感じで開かれた扉から、見慣れない若い日本人が顔を出した。ちょっとだけ緊張する私をじっと見て、小首をかしげる。  このお方が、アンドリュー様がお慕いしている和馬様か――お話から伺ったイメージと、ちょっと違う感じがした。 『俺の和馬ってば、本当に可愛いのだぞ! 可愛い中に奥ゆかしいトコがあってだな、ドジなところがまた、すっごくいいのだ!』  と仰っていたが、見るからにどこにでもいそうな、平凡な高校生にしか見えない。押しのお強いアンドリュー様に、きっと翻弄されたであろう。たじたじしている所が、目に浮かぶ―― 「はじめまして、和馬様。私はアンドリュー様がお住まいの、隣国に位置する王家に仕えている者で、如月と申します」  ぺこりとお辞儀をすると、つられたようにお辞儀をしてくれた。 「あの、はじめまして……。えっと王家の人ってことは、ジャンさんに用事でしょうか?」  頭を上げた途端、物珍しそうに自分を見つめる。 「本日は、アンドリュー様のお見舞いに伺った次第です。こちらは見舞いの品になります。お受け取りください」 「あ、どうも。どうぞアンディの顔、見てやってください。きっと喜びます」  花束を受け取りながら優しく微笑んで、病室の中へと促してくれた。  一礼してから足を踏み入れ、アンドリュー様のお顔を拝見させてもらう。そのご様子はまるで、眠れる森の美女ならぬ、眠れる森の王子さまだった。口元に僅かながらだが微笑みを湛え、声をかけたら起きてくれそうな感じ―― 「あの如月さんって、日本人なんですか?」  恐るおそるといった様子で、訊ねてくる和馬様にきちんと向き直った。 「由緒正しい王家に仕えてる人間が日本人っていうのは、やはり不思議にお思いになりますよね。アンドリュー様が日本語をお話になる関係で、お仕えしている王子も日本語をマスターすべく、私が教育しております」 「…アンディのワガママが、隣国にまで及ぶなんて――王子の特権、振りかざしすぎだろ」  呆れたお顔をしながら、眠ってるアンドリュー様に目を向ける和馬様。 「そう仰いますが、外交の際は有益なことなんですよ。通訳がいりませんからね。ところで和馬様はずっと、こちらで看病なさっているのでしょうか?」  気になっていたことを口にしてみると、首を左右に振って寂しそうなお顔をなさった。 「平日は学校があるので、終わってから病院に来たり、今日は土曜なんで1日いようかなって思ってます」 「ジャン殿から聞きました。アンドリュー様が階段から落ちる際に、お傍にいらっしゃったとか――」  きっと責任を感じて、毎日病院に来ているんだろうなと考え付いたのだが。アンドリュー様を見る和馬様の眼差しは、愛に溢れているようにお見受け出来た。 「俺がアイツの差し出した手をとらなかったから、こんなことになったんです。あのときちゃんと、気持ちを伝えていれば……」  和馬様の発したお言葉が、自分の胸に突き刺さるような気分だった。  ――胸に秘めた気持ちを、エドワード様に伝えたら―― 『そんなつもりで、お前にキスをしたんじゃないぞ。僕は』  不意に頭に流れてきた、エドワード様のお声。自分が遮ってしまった言葉の続きは一体、何だったのだろう? 「如月さんは、アンディから俺のこと、いろいろ聞いてるんですよね?」 「……ええ、かいつまんでという感じになりますが」  唐突に話しかけられ思考をいったん停止して、和馬様の質問に答えた。 「俺は日本のどこにでもいる平凡な男子高校生で、アンディは一国の王子様で、全てが違いすぎて、好きになってもダメだって考えたんです」 「駄目、とは?」  私が訊ねるとやるせなさそうな表情をし、椅子に腰掛けて寝ているアンドリュー様のお手を取った。 「だって俺たちの恋愛って、王家のスキャンダルになるでしょう。アンディにキズがつくなら、俺は身を引かなきゃと思って、Yesと言ってやらなかったんです。そしたらこんな自殺みたいなマネしちゃって、俺もう、どうしていいのか……」 「アンドリュー様が、お目を掛けただけのことはあります。本当にお優しい方ですね、和馬様は」 「……如月さん」  落ち込む和馬様の肩に、そっと手を置いてあげる。 「我が主、エドワード様はアンドリュー様の幼馴染で、よき理解者でもあらせられるお方なんですが。愛する和馬様がお傍にいらっしゃれば、アンディはただ者じゃないのだから、きっとその内、目が覚めるでしょうと仰ってました」  私の言葉にやっと、笑みを浮かべてくれた。 「アンディがただ者じゃないっていうの、何だか説得力がありますね」 「ええ、それに――眠っていらっしゃるお顔に、生気が感じられます。いつお目覚めになるか分かりませんが、諦めずに看病なさってください」 「ありがとうございます、如月さん。すっごく勇気、貰っちゃいました」  柔らかい微笑みに、胸がじんと熱くなった。    和馬様の肩に置いていた手を使い、ぽんぽんと叩いてあげる。 「目覚められたとき、ご自分の気持ちを伝えてあげてください。その言葉がきっと、おふたりのこれからの行方を、明るいものへと導きますから」  和馬様の笑顔を見て、私自身も勇気を戴いた。  帰国したら……エドワード様の元に、帰ったら訊ねてみよう。  ――遮ってしまった、言葉の続きを――

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