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Please say no:エピローグ・隠された庭

 僕の予想を遥かに上まる早さで、入院していたキサラギが回復していた。  医師からの許しを得て、城での養生をする事になったのが3日前。執務の時間が空いたら、キサラギの部屋に顔を出し、見舞いをしていた。  王子である僕が使用人の部屋に赴くなどと、謙遜しまくったキサラギだったが、 「すいとーヤツに、逢いに来て何が悪い!」  と文句を言ったら、赤い顔をして黙ったので、大手を振って見舞いに行く。  コンコンコンコン!  ノックをしたが、応答がない。 「失礼するぞ」  小さな声で告げそっと中に入ると、キサラギはベッドの上で、静かに寝息を立てていた。 「痛み止めが、効いているのかもしれないな」  全身に、32箇所も切り傷を負ったのだ。若いから治りが早いだろうと考えても、体のダメージはかなり大きいはず。 『早く治して、エドワード様のお傍にいたいです!』  なんて逢うたび口癖のように言ってはいるが、僕としては無理をしてほしくないんだ。  ベッドの傍に足音を忍ばせ近づき、寝ているキサラギの顔を覗き込んでみる。  癖の強い髪を乱して、子どものようなあどけない表情をし、すやすやと寝ていた。眠りこけているキサラギに、キスをしたかったがガマンする。休める時にしっかり休み、体を治す方が先決だから。  ひと目だけでも顔を見たし、出直そうと向きを変えた時、書斎と呼ばれる部屋が珍しくちょっとだけ開いていた。  初めてキサラギの部屋に入った際、何の部屋だろうとドアノブに手をかけたら―― 「その部屋はただの書斎ですので、つまらないですよ。しかも少々乱れているので、見られたくはないのですが」  顔をしかめながら思いっきり拒否られたので、そのときは仕方なく入るのを諦めた。まぁ入りたくても、しっかり鍵がかかっていたし、駄々をこねても無駄だったろうが。  ――キサラギは寝ているし、ちょっとだけならいいだろう。ちょっとだけ……  音を立てないよう、ゆっくりと書斎の扉を開けると、そこにあった物の数に思わず息を飲む。 「何なんだ、これは……」  書斎の中央にデスクがあり、その上にはパソコンが1台、ポツンと置かれていて。その脇には祭壇があった。何故か、僕の写真が飾られている――  写真はそこだけじゃなく、目の前の壁が見えないくらいの、大小さまざまなサイズの写真が、そこかしこに貼り付けられていた。  これと似たようなのを、間近で見たことがある。 「まるでアンディの城にある、和馬コレクションの部屋と、瓜二つじゃないか……」  もしかしたら、キサラギの方が上を逝ってるかもしれない。アンディのところには、祭壇なんてなかったからな。 「いつの間に、こんなにたくさんの写真を撮っていたんだ。ほぼ一緒にいるんだから、隠し撮りされたら、簡単に気がつくはずなのだが」  類は友を呼ぶじゃないが、道理でアンディと写真について、話が盛り上がったわけだ。前後左右、天井にまでびっしりと貼られていて、まるで自分で自分を見ている感じ。 「キサラギが僕を想ってくれる情熱は、痛いほど分かるが、コレはちょっと痛すぎるぞ」  ぞぞぞーっと悪寒が走った背筋を、突然トントンと叩かれた。 「ひっ!?」  ビックリしながら振り返るとそこには、顔を引きつらせたキサラギが立っていた。  書斎の扉が、静かに閉じられる――その扉にも、これでもかと大きく引き伸ばされた、僕の写真が貼ってあり、更なる恐怖に襲われてしまった。 「おっ、お、お前いつの間に、こんなにたくさんの写真を集めてたんだっ?」  人差し指を眉間に突きつけ、怒鳴りながら問いかける。 「パパラッチから、買い取っております」  真顔で言い切るキサラギに唖然としてしまい、言葉が続かなかった。 「城へ勝手に入り込み、エドワード様を隠し撮りする、パパラッチを捕まえて説教した後に、彼らも生活があるだろうからと、私が写真を買っておりました」 「……そうか。優しいな、キサラギは」 「有り難うございます。お陰で給金の半分は、これに消えております」 (ちょっと待て、それは行き過ぎなんじゃないのか!?) 「お前、優しすぎるぞ。ただ追い払えば、いいだけじゃないか」 「無理でございます」  何故かしっかり否定するキサラギに、眉根を寄せるしかない。 「彼らは隠し撮りのプロとして、エドワード様のその時のステキな一瞬を、絶妙なタイミングで、切り撮ってくれるのです。だからお金を払ってでも、それをずっと眺めていたいという欲求を、抑える事が出来ませんゆえ、こんな事になってしまいました」  キサラギの気持ち、分からなくはないけど―― 「これからはお前の傍に、ずっといるんだから、こんな物は必要ないだろ?」  祭壇とか本当に、あり得ないシロモノだ。 「エドワード様は、エドワード様。写真は写真になりますので、それは無理でございます」  またもや、あっさりと却下されてしまった。もう誰か、キサラギの事を諭してはくれないだろうか……

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