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Please say no:エピローグ・隠された庭2
あの後、頭を抱えながらキサラギを説教し、城に入り込むパパラッチ対策をすべく、城周辺のセキュリティを上げさせてもらった。
正直城の警備が、ザルになっていたワケじゃない。誰と名指をしたくはないが、ワザと警備のゆるいところを2、3箇所作りつつ、城内に手引きしたんじゃないかと思わせる場所があった。
――ひとえに僕の写真を、手に入れるために――
「なぁキサラギ、こんな感じにまとめてみたが、いいだろうか?」
キサラギの部屋にある書斎で、ふたり並んで写真の整理をしていた。リハビリを兼ねて起き上がり、てきぱきと壁に貼られた写真を剥がすキサラギ。それを僕が、アルバムに納めていく。
「エドワード様ご本人に、エドワード様のお写真をアルバムに整理して戴くなんて、感無量でございます」
声を震わせながら、嬉しそうにアルバムを見る姿に、こっそりため息をついた。一体、何冊のアルバムが出来るのやら――
僕の目の前には、大量の写真が山積み状態で置かれている。見舞いのついでに作業をしているのだが、いっこうに終わる気配がない。
「なぁ、息抜きにちょっとだけ外に出ないか? お前に、見せたいものがあるんだよ」
うーんと伸びをしながら問いかけると、黒真珠の瞳を大きく見開き、わくわくした顔をした。まるで子どもみたいなそれを見て、思わず口元が緩んでしまう。
キサラギの表情ひとつで、こんなに気分が左右されるなんて、以前はなかったことだ。それだけ心が惹かれているってことなんだろうな。
その後キサラギとふたりで、中庭にあるバラ園に来ていた。
「お前がいない間、庭師に手入れを命じたのだが、する必要のないくらい、しっかり管理されていると驚いていたぞ」
「左様でございますか」
時々立ち止まり、色とりどりのバラたちを丹念に見ていくキサラギ。
「お前の経歴を改めて確認したのだが、バラを育てる能力に、長けていると思えないのだがな」
他にもストーカー気質の持ち主だったり、アッチの方面になると途端に顔つきが変わり、アヤシい雰囲気を醸し出して、僕を翻弄してくれる。
「伝えておりませんでしたね。私の実家が九州で、バラ園を経営しているって」
形のいい唇の口角を上げ、微笑みながらこちらを見る。背後にある大輪の赤いバラが、キサラギを彩っていて、とても似合っていた。
――ああ、そういう事か――
キサラギが言っていた、その瞬間を切り撮るという意味。僕も今のキサラギの姿を、ずっと眺めていたいと思うぞ。
ドキドキする胸を抱えながら、身を翻すように歩き出した。見惚れてしまったと、知られたくはなかったから。
「なるほどな。それでバラがきちんと、管理出来てるって事なのか」
早口でまくしたてるように言ってやると、小走りで横に並んできて、覗き込むように僕の顔を見る。
「エドワード様、頬に赤いミニバラが2つ、咲いておりますよ?」
言いながらつんつん、ごつい人差し指で頬を突いてきた。
キッとキサラギを睨んでみたが、余計嬉しそうな顔をする。こうなったら、もう自分の手に負えない。
からかう言葉を無視し、目の前にある小道の角を右に曲がり、バラ園の奥の方を目指した。前方に見える派手なバラを引き立たせる様に、小ぶりだがたくさんの花を付けた、蔓バラが咲いている。
その蔓バラの隙間に、ちょうど大人ひとり分が通れるスペースがあり、迷う事なく突き進んでやった。
「ちょっ、待ってください、エドワード様……」
「待たぬ!」
数歩進んだ先にあった物は、目に留まるような鮮やかな水色の蔓バラが、アーチ状に上手く形成され、何かの低い木を囲っているものだった。
腰に手を当てて、キサラギを見上げると、バツの悪そうな顔をする。
「この木は、何なんだ?」
「申し訳ありません。王室の庭に私物を持ち込み、こっそり育てるなんて」
「責めているのではない、コレが何かを知りたいんだ。教えてくれないか?」
明るい日陰の中、水色のバラに囲まれて枝葉をしっかり伸ばし、大きな赤い花をひとつだけつけていた。
「この木は、黒椿というものでございます。ご覧の通り少し黒みがかった赤色の八重咲きが特徴で、日本では茶花として利用される、椿でございます」
キサラギは僕に一礼して前に出ると、しゃがみ込んで椿の花をじっと見つめた。
「実はこの椿、剪定を失敗し、花が咲かない状態にしてしまったんです」
「そうなのか? お前がいなくなり寂しくなってバラ園をブラブラした時に、偶然見つけたのだ。その時には咲いておったぞ」
隣に並んで跪くと、瞳を細めて僕を見る。
「すぐに枝が伸びてしまうからと、花芽を確認しないで、思いきって剪定してしまいまして。でも良かった……エドワード様とご一緒に、椿の花を見ることが出来た」
「なぁ、どうして水色のバラで、椿を囲っているんだ?」
「それは青いバラの花言葉が、エドワード様にピッタリだったからでございます」
突然両腕を伸ばして、胸の中に抱きしめられる体。耳に聞こえてくるキサラギの鼓動の早さが、僕の鼓動と比例していて何だか嬉しかった。
「どんな花言葉なんだ?」
抱きしめられながら、やっと顔を上げてキサラギを見ると、ちょっとだけ首を傾げながら、見下ろしてくる。
「日本での花言葉は、夢が叶うや奇跡という言葉なんですが、西洋で言われているのは、一目惚れや不可能なことを成し遂げるとなっております。私の一目惚れでしたから、エドワード様は」
くすくす笑いながら言ってくれたのだが、僕としてはちょっと困ってしまった。よくよく考えてみてほしい。僕とキサラギが出逢ったのは、キサラギが18歳で、僕は8歳だったのだ。
子どもに恋するなんてキサラギのヤツ、そういう趣味の持ち主なのか!?
「不可能なことを、成し遂げたことはないのだがな」
「いいえ。私にとってエドワード様と恋仲になること自体、不可能なことでしたから」
言いながらまぶたに、くすぐったいキスを落としてくれる。
「じっ、じゃあ聞くが、椿の花言葉はどんなものがあるんだ?」
妙な雰囲気を打ち消そうと、慌てて話題を変えるべく、わめくように口にした。
「椿本体と赤い椿の花、白い椿の花それぞれに花言葉がございます。この黒椿の赤にのせるなら、慎み深いや気取らない魅力などがございます」
気取らない魅力というのは、そのままキサラギの事みたいだ。
「でも私が一番気に入っているのは、我が運命は君の手中にあり、ですね」
ふわりと魅惑的に笑ったと思ったら、僕の唇に目掛けて、そっとキスをした。
キサラギの微笑みに見惚れて、うっかり隙を与えてしまった僕のミス――だけどそのミスさえ、今の自分は嬉しくて堪らない。
「マイプリンス、どうか貴方様のお傍に、いつまでも仕えさせてください」
抱きしめる腕に、ぎゅっと力が入った。それに応えるように僕もキサラギの体に腕を回して、どこにも隙間が出来ないよう抱きしめ返す。
「それにはひとつ、条件があるぞ」
「何でございましょう?」
「もう秘密は作るな。見つけた時のショックやドキドキとかもう、たくさんだからな。Noとは言わせないぞ、これは命令だツバキ!」
「Yes、永遠に誓います。私の身も心の全てを、貴方様に捧げて――」
漆黒の髪を揺らして頷いてから、誓いのキスをしてくれた。
――これから僕たちの新たな関係が始まる――
【おしまい】
※このあと、番外編をお送りしますのでお楽しみに!
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