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Please say no:お揃いの懐中時計(オマケシナ)

「大丈夫でございますか? 今日はもう休まれたほうが、よろしいのでは――」 「いいや、もう少しだけ。どうしても終わらせたい」  キサラギが執事として、復帰した記念すべき1日目。僕は妙に舞い上がり、執務室にて遅くまで、書類と格闘してしまう。  今まで一緒にいられなかった分、傍にいてくれることのあり難さや気遣いとか、しみじみと感じ取ることが出来て、厄介な仕事をしているのに、全然苦痛に感じられなかった。  すごく、すごく、嬉しくて堪らない。  キサラギが傍にいるだけで、どうしてこんなに、世界が明るく見えるのだろうか。 「エドワード様、やり直しでございます」  書類の最終チェックをしたキサラギが、そっとデスクに近づいて来る。 「えっ!? どこか誤りがあったのか?」 「いいえ、ここですが、抜けがあって――」  書類を目の前に見せ、顔を寄せるキサラギに思わず、顔を背けてしまった。  ケガが治ったら、奪われる身である自分――だからこそ変に意識してしまい、どぎまぎしてしまう。 「どうかされましたか?」 「いや、何でもない」  書類を引ったくり、自分で抜けを探した。それはそれは、必死にだ。  そんな僕の様子を、ちょっとだけ笑いながら、ごつい人差し指で、その箇所を指し示してくれる。 「あ、済まないなツバキ」  ふたりきりのときは、名前で呼んでほしいと言われていたので、テレながら告げると、にっこりしながら首を横に振ってくれた。 「何が違うんだ?」  首を横に振るということは、何かが違っていたという事。 「ちょっとだけ、チュバキになっておりました」 「む、きちんと言ったぞ。聞き間違えだろ」  書類から顔を上げ、キサラギを睨む。 「ではもう一度、仰ってみて下さい」 「分かった、ツ――」  ちゃんと発音すべく唇を尖らせて、言葉を発した途端、狙い済ましたかのように、奪われる唇――だけどそのキスは、優しいもので、一瞬で終わってしまった。 「よく出来ました、エドワード様」 「謀ったな、お前」 「いいえ、教育的指導でございますよ」  僕がワザと距離をとるものだから、上手いこと考えて、接触してきたに違いない。侮れないヤツだ、本当に――だけどそんなトコさえ、今じゃ愛しくてならないなんて、相当…… 「本日の業務は、その抜けを修正したら終了してください。明日に響いてしまいますよ」  さっきのキスもそうだが、何だかんだいって僕のことを一番、心配してくれるツバキ。 「分かった、さっさと直す」  パソコンでさっさと直してる間、キサラギはデスク周りの整理整頓をしてくれた。  僕が終わってもファイルやら、いろいろなものを出しっぱなしにしていたので、てこずっている作業を、引っ手繰るように手伝ってくれる。 「有り難うございます」 「いや、使い終わったら、すぐに戻せばいいのに、出しっぱなしにした僕が悪いんだし」  ひとりよりふたり――キサラギと一緒に仕事が出来るのが、本当に嬉しいんだけど。これをどう表現すればいいか、自分なりに考えてみた。  あらかた片づけが、終わった頃―― 「ツバキ、ちょっといいか?」  ぎゅっと左手を掴んで、デスクの傍に引っ張って行く。  なんだろう? という表情が黒真珠の瞳から、手に取るように分かった。  よし、そのワクワクに応えてやろう!  勇んでデスクの一番上の引き出しを開けて、中に入っていた物を取り出して、キサラギの手に押し付けるように手渡してやった。 「これは――?」 「お前ナイフで刺されたとき、ポケットに入れていた、祖父からプレゼントされた懐中時計が、傷ついてしまったろう?」  そのお陰で急所がはずれ、キサラギは助かったのだ。 「ええ。しかし壊れていないので、そのまま使っておりますが」  漆黒の髪を揺らし、首を傾げる姿に、ちょっと躊躇した。  どうやったら、上手く貰ってくれるであろうか―― 「や、あの、な。城にたまたま時計職人が来て、いろいろ見せてもらったんだ。たまたまその中から、いい物があったので購入したのだが」 「はあぁ」 「そのままお前に手渡すのも、アレだったから、その。日本にいる職人に頼んで、絵を誂えてもらったのだ。どうであろう?」  手渡したプラチナ製の懐中時計の表面には、水色のバラを描くよう、注文をした。 「すごく……ステキですね。まるで庭にあるあのバラと、同じでございます」 「あとな、お前の手を煩わせないよう、懐中時計の蓋を開けなくても、時間が分かる物にしてみたのだが、どうであろう?」  バラが描かれた蓋の反対側は、中の時計が見えるような仕様になっていた。 「これは、本当に親切設計なのですね」 「そうなんだ。でも、たまたま見つけただけだから」 「左様でございますか」 「……貰ってくれるか?」  ドキドキしながら口にすると、ふわっと笑いながら、僕を抱き寄せた。 「エドワード様ごと戴いても、よろしいですか?」 「だっダメだ。懐中時計だけ受け取っておけ!」  慌てて胸を押し返すと、それは残念ですねと一言呟いて、ゆっくりと離す。 「残念がることないぞ。ツバキと僕はいつも一緒なのだから」  そう言って、開きっぱなしにしていた引き出しから、もうひとつの懐中時計を取り出した。実は同じものをもうひとつ購入し、僕の物には、赤い椿の花を描いてもらっていた。 「これはまた、見事な椿でございますね」 「ひとつの物を注文するなら、もうひとつ余分に描いてもらっても、いいかと思ってな」 「たまたま、ですか?」  嬉しそうに、口元を綻ばせて聞いてくるキサラギに、何と言っていいのやら。 「――お揃いの物を持っていたらダメ、か?」  恥ずかしくて思わず俯くと、片方の頬をぎゅっとつねられた。 「もうズルいですよ、エドワード様。私にはアレコレ、注文をつき付けておきながら、ご自分でこんなサプライズをなさるなんて。お揃いの懐中時計、大事に使わせていただきますね」 「いらいぞ、ルバキ。いい加減に離しぇ」  何のバツなんだか、キサラギは嬉しそうに頬をつまんだまま、ニコニコしている。  その表情に見とれていたら、黒真珠の瞳が妖しく光り輝き、あっという間に僕の体を抱き上げて、デスクの上に組み敷いた。 「なっ!? 何をする!?」 「本当はもう少し、落ち着いてからと考えていたのですが」  言いながら僕のタイを、するするっと解いていく。 「マイプリンスが、こんな嬉しいことをなさるものですから、歯止めが利かなくなりました」 「やっ、ちょっと待て! こんなトコで、お前――」  慌てふためく僕の両手を、易々と片手で掴み、キッチリ頭上に張りつけた。 「ふふ、こんなトコだからですよ。お仕事をなさる度、思い出してくれるでしょう?」 「だだダメだ。そんな事になったら、仕事にならないであろう!!」  僕の抵抗も何のその、片手で器用にボタンを外し、肌が露にされる―― 「つ、ツバキっ、ちょっと待て!」  慌てふためき暴れたのに、上手いこと片袖を脱がして、半裸状態の僕に跨ると、微笑みつつ上から見下ろされた。  肌の露出した右腕を手に取ると、甲にそっと唇を押し付ける。 「安心なさってください。最後までいたしませんから」 「そういう問題じゃない、もし誰か来たら――」 「大丈夫でございますよ。もうこんな遅い時間ですし、執務中は何かあれば、先に内線で連絡するよう、言い伝えてございます」  邪魔が入らないように、徹底してる仕事ぶりに、舌を巻くしかない。 「だから、安心して……」  ちゅっと爪先にキス。 「私に身を任せて――」  少し掠れた声で言いながら、手首からどんどん上に、キスがされていく。キスされた場所が、どんどん熱くなり、右腕が異様に熱を持つ。 「マッサージ以外でも、こうすれば、温めることが出来るのですね」  耳元で事実を告げられると、余計恥ずかしくなり、顔を背けるしかない。 「そういう態度も、私を煽るってことを、分かっていただきたいです」  横を向いてる、僕の頬にキス――そして優しく、頭を撫でてくれる。 「私と一緒にいたいというお気持ち、すごく嬉しかったです。だから――」  胸元に顔を埋めて唇を押し付け、ちゅっと吸い付いた。 「っ、んっ……」  鈍い痛みに顔を歪ませると、嬉しそうな顔をしたキサラギと目が合う。 「貴方様の身体に、椿の花を咲かせました。これでいつも一緒にいられますよ?」  首を持ち上げて見てみると、胸の真ん中に赤い痕が、くっきり付けられていた。 「これで、いつも一緒なのか?」 「ええ、マイプリンス。もっと咲かせて欲しければ、ご命令ください。貴方様が望むなら、いくらでも――」  裸の右腕を再び手に取り、キサラギの首に掛けられる。 「私をお求めください。もっと、もっと」  言いながら僕の唇を、きゅっと食み続けた。 「ツ、バキ…くすぐったい」 「では、どうすればいいか、お考えください。この体勢は、何を示しているのか」  僕の顔ギリギリで止まった、キラサギの顔。黒真珠の瞳が、扇情的な感じが伝わってきて、ドキドキが止まらない。 「ツバキ、キスして――」  首に掛けられている腕に力を入れて、自分に引き寄せた。  引き寄せられた唇は、はじめは優しくキスしてくれたけど。角度を変えるたび、徐々に熱を増して、僕を翻弄した。 「ンンっ…ツバキ…っ、も、っと……」  気がついたら両手で、キサラギの頭を押さえ込んでいる自分。求める僕の命令に、口内をどんどん責めてくれる。 「慌てなくても、ゆっくりとお教えしますから。日本語を教えたみたいに、アッチのいろはを、ね」  艶っぽく耳元で囁いてから、耳朶を甘噛みした。 「やっ、あぁあ……っ」 「いろはの、『い』は、イかせて差し上げて」 「ん…っ……ツバキ?」 「『ろ』は、悦びを覚えていただき」 「やぁッ……んんっ…っや…」 「『は』は勿論、最終的なことだって、お分かりですよね?」  レクチャーしながら、しっかり僕を感じさせる。 「まずは『い』から、はじめないと、ですね」 「んぁっ…ま、待てっ、いきなり、そ、んなっ……」  今まで与えられたことのない、突き抜けるような快感を、キサラギから何度も与えられ、イかされた挙句、途中から意識がぷっつりとなくなってしまった。  次に気づいたときは、寝室のベッドの中――隣には深い寝息を立てた、キサラギがいたのだった。

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