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第3話

 水澤くんは店に入ると、プラスチックトレーとトングを手にした。 「並木くんは、何が食べたいの?」  くんくんくん。焼きたてのパンの匂いを嗅ぐだけで肺の中が幸せで満たされた。メロンパンにあんぱん。ソーセージパンにカレーパン。どれもおいしそうだ。  でも、一番は……。 「ホットたっ、たまご、カツサンドパン」  初めて呪文のような名前を口にしたら、舌を噛みそうになった。学校ではもはや存在してるのか疑われるほどレアなパンである。いったいどんな味がするんだろう。 「並木くん、お店の中でよだれ垂らさないでね?」  水澤くんは噴き出しそうになった口元を二の腕の内側でおさえた。  ホットたまごカツサンドパンをトングで取り、自分の分であろうソーセージパンやカレーパンをトレーにのせる。 「お願いしまーす」  水澤くんが店の奥に声をかけると、人の良さそうなおばあさんが出てきた。 「いつもありがとうね。今日はお友達も一緒?」 「えっ? んー……まぁ、と、友達?」  水澤くんは曖昧に笑い、財布を取り出した。おばあさんに代金を支払う。  店を出ると、俺はどこかへ向かおうとする水澤くんを引き止めた。 「お金。お金払うよ。いくら?」 「いいよ、いらない」 「でも、払ってもらう理由がない」  水澤くんはしつこく食い下がる俺に根負けしたらしく、自販機を指差した。 「じゃあ、そこの自販機で飲み物買ってもらおうかな」 「でも、パンより飲み物のほうが安いだろ」 「律儀だなぁ。いいよ、友達になった記念ってことで」  五月中旬なのに、まだ自販機には温かい飲み物が置かれていた。水澤くんの“おーい緑茶”と自分で飲むホットレモンを買う。 「着いてきて。とっておきの場所があるんだ」  水澤くんの後ろをついて細い路地を歩くと、古ぼけたレンガ調の建物が見えてきた。駐車場には一台も車が停まっていない。 「昔、役場があった場所なんだって」  水澤くんは建物の陰に置いてあった、青いプラスチックのベンチに腰かけた。傷んで色あせたベンチが小さく軋む。 「ここ、道路から死角になってて、見えづらいんだ。一応うちの学校、買い食い禁止だし」  先に座った水澤くんに手招きされ、隣に腰をおろした。

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