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第2話

純の実家は田舎の名家だ。 先祖代々から伝わる兼業農家だが、老いた両親に代わりすでに結婚した長男夫婦が継いでいる。 家督相続が色濃く残る田舎の風習から、跡継ぎは長男と決まっていた。 そのため、次男として生まれた純は物心ついたときから殆ど野放し状態だった。 それは「自由」というよりも「無関心」といった方が適切だ。 純がどれだけ優秀だろうが、劣等だろうが家族には一切関心を持たれなかった。 「あなたはずっと好きにしていいわ。その代わり、お兄ちゃんの足を引っ張るような真似だけはしないでちょうだいね」 生みの親である母親からもそんな事を言われていたのだから。 家族の期待、関心、注目は常に兄のもの。 空気。 純は家族内でいるようでいない存在だった。 そんな扱いに耐えきれなくなった純は、大学入学を理由に田舎を飛び出すと独り暮らしを始める。 もちろん誰も反対するものはいなかった。 純がどこで何をしようと、どんな道を歩もうと、大袈裟に言えばどこで野たれ死のうとも、家族の興味を引くことは自分にはできない。 そう思ったら将来なんてどうでもよくなって、苦労して入った大学は一年で退学。 しかし真面目に働くこともせず、純は毎月送られてくる親の仕送りを使い毎晩のように遊び歩いていた。 そんな荒れた生活の中、たまたま友人に誘われて足を踏み入れたのがゲイバーだった。 「同性同士」という関係は、女を遊び尽くしていた純にとっては刺激的で、また新鮮で魅力的でもあった。 母親譲りの容姿のお陰で、女は当然、男にもすこぶるモテた。 初めは男に掘られるなんてゴメンだと思って譲らなかったものの、一度後ろの快感を知ってしまったら最後。 あっという間にハマってしまい、毎晩のように色んな男と関係を持った。 そんなふしだらな性生活を繰り返していればトラブルは必ず訪れる。 浮気性な純に腹を立てた勘違い男に手をあげられているところを助けてくれたのが、今の夫である廣瀬京一だった。 いつもスーツをビシッと着こなした彼は、チャラチャラとした男が多い中で一際目を引く存在で。 彼もゲイバーの常連客でよく見かける顔だったが、純は一度も声をかけたことはなかった。 インテリ気質な彼の見た目から、自分とは絶対に合わないと勝手に思っていたのだ。 だから、まさか彼が助けてくれるなんて予想外で、純はお礼を言うのも忘れて呆然としてしまった。 そんな純に彼が放ったのはお礼を強要する言葉でもベッドへの誘い文句でもなかった。 「こんな関係を続けるのはやめなさい。君はもっと自分を大事にするべきだ」 心臓を撃ち抜かれた瞬間だった。 きっと他の人だったら煩わしいと思うような台詞だろうけれど、純にとっては衝撃的な言葉だったのだ。 だって自分を大事にしなさいなんて親にも言われたことがない。 行動を改めるように言われたのも初めてだった。 この人は他の人と違う。 この人ならきっと自分を大事にしてくれる。 そう思った純は迷わず廣瀬に猛アプローチをした。 廣瀬が了承してくれるまでかなり時間はかかったが、晴れて恋人同士になり、ようやく結婚まで漕ぎ着けたのだ。 男と結婚すると報告した純に両親の反応は冷たいものだったが反対はされなかった。 その時ばかりは自分がこの家の次男であることを密かに喜んだものだ。 ようやく手に入れた幸せ。 そう。 生まれてからこの方誰にも必要とされていなかった純がようやく手にした幸せを…よりによって隣人の妻に寝取られるなんて。 実家の行事で帰省していた、たった数週間の間に。 しかも相手は明らかに純より素朴で平凡で…顔もスタイルもセックスの仕方も何もかもが劣っている。 廣瀬が撮ったであろう動画を何度観ても、自分より優れているところが見あたらないのだ。 人の幸せを踏みにじった代償は重い。 それをわからせてやるには、同じ事をすればいい。 目には目を。 つまり、秋乃の夫を寝取ればいいのだ。 きっと秋乃の夫は純の夫と自分の妻がこんな関係になっているとは知らないだろう。 動画を証拠に暴露してやる事も考えたが、それじゃあ気がすまない。 同じ絶望を味わわせてやるんだ。 復讐の計画を企てた純は、秋乃の夫に近付くために行動を起こしたのだった。

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