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第3話
秋乃の夫笹塚士郎 の職業は医者。
腕前は確かで患者からも同業者からの信頼も厚い人徳者らしい。
加えて端整な顔立ちに抜群のプロポーション。
京一ほどではないが、秋乃にはもったいない色男だ。
隠し撮りをしたスマホの画面に映る士郎を、純は改めて見つめた。
出勤途中のスーツ姿。
颯爽と歩く凛とした横顔にほんの一瞬ドキッとしてしまった事を思い出す。
純はふん、と鼻をならすと探偵所から受け取った調査報告書を広げた。
顔がいいのは認める。
しかしどうせ漁色家だ。
黒い経歴ばかりに違いない。
ところが、そこに記載された士郎の身元報告書は純の予想していたものと全く違っていた。
一般的なごくごく普通の生い立ちと学生時代の輝かしい成績。
秋乃と結婚に至るまで数人恋人がいたらしいが、浮気などは一度たりともしていなかった。
そればかりか、一日の行動を見ても朝早くから夜遅くまでみっちり仕事をし、仕事が終われば寄り道もせずに真っ直ぐ帰宅している。
職業柄帰宅できない日もあるみたいだが、ふらふらと遊びまわる事も誰かと一緒に飲みに行く事さえしていない。
いわゆる真っ白だった。
「は?何なの真面目すぎ」
思っていた男と違って思わず呟いてしまう。
と、同時にまた怒りが沸々とわいてきた。
そんな一途な夫がいながら、隣人の夫と白昼堂々と浮気をしている秋乃がますます憎たらしく思えてくる。
そして、士郎と同じ愛妻家だと思っていた自分の夫、京一をまんまと誑かした事が許せなかった。
報告書をポケットに突っ込むと、純は時計を見上げる。
そろそろ士郎が帰宅する時間だ。
今日は京一は不在。
計画通りなら明後日までは帰ってこないはずだった。
なぜなら夫は旅行に出かけている。
…恐らく秋乃と。
京一と純は数週間前に旅行に出かける約束をしていた。
有名なリゾートホテルの予約も済ませ、準備は万端。
しかし突然実家から帰省するよう言われ、純は旅行に行けなくなったと京一に伝えたのだ。
当然それは嘘である。
これは京一と秋乃を団地から遠ざける純の策だった。
「滅多に取れないホテルが予約できたんだもん。誰か誘って楽しんできたら?」
そう言えば必ず秋乃を誘うはずだと見込んで。
純の思惑通り、今朝早く旅行鞄を抱えた京一と時間をずらして、秋乃が団地を出ていくのをベランダから確認した。
大きめの鞄を抱えていたから間違いなく京一と一緒だろう。
忌々しい気持ちでいっぱいだったが、士郎と接触するにはそうするしか方法がなかった。
最初で最後の不倫旅行。
せいぜい楽しめばいい。
これで思いきり復讐する事ができるのだから。
シャワーを浴びると、服を着替えた。
胸元が大きく開いたニットに、短いショートパンツ。
長い髪は敢えて乾かさず湿ったままざっくり掻き上げる。
鏡に映る自分の姿をまじまじと見つめると、明らかに誘う男だった。
母親譲りのこの美貌は、あの地味で冴えない秋乃に比べたら圧倒的に勝っている。
これならいくらあの男が硬派でも靡くに違いない。
「完璧な復讐をお見舞いしてやる」
最後に甘い香りの香水を一拭きすると、純はニヤリと笑みを浮かべたのだった。
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