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貮
座敷ではを剃る者と与六の姿があり、客は茶を啜り話をしながら待つ。
勘太もふらりとやって来てはその話の輪に入り、誰かが仕入れてきた噂話に耳を傾ける。それが日常茶飯事となりつつあった。
たまに髭そりと髪結いをすることもあるが、思えば最後に勘太の身なりを整えたのはひと月前のことだ。
いったい何をしていることやら。勘太は大男というだけでも目立つから居ないとすぐにわかる。客が来るたびに彼のことを聞かれるのでまいったものだ。
たしか、仕事を頼まれると外にあまりでなくなると話していた気がするが、本当にそうなのかもわからない。
ここに来るのが飽きてしまったか。もしもそうだとしたら寂しいと思うほどには与六の中に勘太の存在は根付いている。
最後の客が帰り、店を閉めようとしていた所に髭を生やしたぼさぼさ頭の男が中へと入ってくる。
「おや、まぁ、ご無沙汰なことで」
せっかくの男前がもったいないと嘆く。
「ははは」
バリバリと髪を掻き、髭の生えた顔を緩める。
「やっと下絵が完成してな、お客さんに見せようと思ってよ。その前に綺麗にしてもらおうと来たんだが……、店じまいか?」
仕事をしていたと知り、内心ほっとした。
「構わないよ。どうぞ」
座るようにいうと、勘太が座布団の上に胡坐をかく。
「他の店に心替えしてしまったのかと思った」
「は、おめぇの腕を知っているのに、他の所なんか行くかよ」
剃った場所から髪が生え始め、胡麻のようになっていている。月代(さかやき)を剃り、髪を結い直して髭を剃る。
静かな部屋にじょりじょりと毛を剃る音がする。
「いったい、何をしていたんだい?」
「実はよぉ、心から彫りてぇと思える相手に出会えてさ」
ワクワクとした表情は、まるで童のようだ。よほど、勘太を夢中にさせる客だったのだろう。
「ろ組の佐平、知ってるかい?」
火消しは憧れの対象だ。佐平は粋な男で若い娘たちの心を虜にしている。
火事があった日には、髪結いにくる客はろ組の佐平のことが話題にあがる。
「知っているよ。仕事の相手は佐平だったのか」
「おうよ。頭ン中に彫りてぇもんがわいてきて、筆が止まらねぇの」
夢中になると幾日も部屋にこもるらしく、野性的な身なりとなるわけか。
すっきりとした顔を、ぬるま湯を用意し、手拭いをしたして絞る。
それで顔を拭いてやると気持ちいいなと目を細めた。
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