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離してあげられなくて、ごめんね②
「…ごめん、よくわからなかった。」
「…村上さんに恋人がいるのはわかってます。でも、どうしても伝えたくて、」
「気持ちはすごくありがたいんだけど、どうして、俺?初対面
初対面なのに、と言いかけて思い出した。
俺が利用しているとき、たまにすれ違う利用者。
顔はしっかりみたことがなかったけれど、きれいに染められた金髪は覚えている。
髪型自由なこの学校は、金髪や茶髪は珍しくはないのだけれど、こんなにきれいに染められた金髪の利用者は覚えていた。
しかし、それだけだ。
少なくとも、俺の記憶にはそれしか、ない。
「君とは、ここでたまに会ってたね。…でも、君が言ったとおり、俺はナギのことが好きだ。…もしかしたら、片思いかもだけどね。それでも、ナギのことが好き。」
「…あいつは、でも、この間も、」
「わかってる。でも、確認してないから、確証はない。確認するつもりもないよ。だから別れない。」
ずいぶんと、自分勝手なことを言っている自覚は、ある。
彼も、呆れているに違いない。
ナギが、浮気を繰り返す理由。
そんなの、わかっているに決まっているじゃないか。
数多いる浮気相手にも散々言われた。
なんの取り柄もない俺と別れたいからだって。
でも、優しいナギは別れを切り出すことなんて、できない。
俺から切り出すきっかけを作っているに違いないと。
だから、俺は気付かないふりを続ける。
優しいナギにつけこんで、鈍感なフリをして、数多いる浮気相手の言葉を聞き流す。
浮気をされて辛いだなんて、感情はとうに捨ててしまった。
「…そんなわけだから。せっかく手紙をもらったのに、幻滅させてしまってたら申し訳ないけど。君なら、俺なんかじゃなくて、」
「村上さん以上の人なんて、見つからない。いたとしても、村上さんがいいんだ。…どうして、あいつなんですか。俺の方が、村上さんのことを好きなのに。俺の方が、辛い思いなんてさせないのに。…どうして。」
適当に言い訳をして、逃れようとした俺の手をつかんで、彼は怒った。
もしかして、最大級の愛の告白を受けているんじゃないか、とどこか他人事のように聞きながら、彼の髪の毛はやっぱりきれいだな、なんてどうでもいいことを思う。
「…ごめん。どうしても、好きなんだ。」
たとえ、ナギが望んでいないとしても、離してあげられないんだ。
「…どうしても、ダメなんですね。」
彼は、一筋の涙を流していった。
「ごめん。」
それは、彼への謝罪か、ナギへの謝罪か。
彼は、「わかりました。」と、手を離し、すみません、と俺の手を擦った。
若干だけれど、赤くなっていたみたいだ。
「でも、たまに会ったら、挨拶させてください。」
「もちろんだよ。ってか、いまさらだけど、君、お名前は?」
「朝木です。朝木直哉です。」
「朝木直哉くんね。もしかしなくても…1年生?」
「はい。1Aです。」
「へー。頭良いんだね。すごいね。あ、ちなみに俺は2Cです。」
「知ってますよ。」
今さら自己紹介なんて、遅すぎるけれど。
そんな話に花をさかせて、気付けば最終下校時刻。
また、明日。なんて、言って帰路についた。
まっすぐで勇気のある朝木君はかっこよかったなあ。
卑怯な俺には眩しすぎて、本当に申し訳ないくらい。
一人暮らしのアパートに帰ると、珍しく鍵が開いていた。
部屋にいたのは、言わずもがな、ナギ。
今日は遅くまで学校にいたから、ナギの方が先に帰ってきたのだろうか。
いつもはもっと遅いから、のんびり帰ってきてしまった。
ご飯の支度ができていなかったから、ごめんね。と謝って、近くのコンビニで何か買ってこよう。
通学バックだけ置いて、コンビニに向かおうとしたら、ナギも一緒についてきてくれることになった。
やっぱりナギは優しい。
そんなナギの優しさにつけこんでいる事実に、ズシリと罪悪感がのしかかる。
そんな、罪悪感をいつものように気付かないふりをして、ナギと、とるに足らない話をしながら夕食を買った。
お互い、浮気のことにはふれない。
別れ話もしない。
たとえ、独りよがりだったとしても、俺は、今が一番幸福だと、ナギと一緒にいれるのが幸福だと、ナギを抱きしめているこの瞬間が幸福だと、そう感じる。
もう遠くない未来、しびれをきらしたナギが、別れ話を切り出すかもしれないけれど。
それまでは、どうか。
この、幸せな時間が続きすように。
おわり
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