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離してあげられなくて、ごめんね③

まさか、彼が近くにくるなんて、想定もしていなかった。 もしかしたら、話したこともない誰かの隣よりも、一度だけだけれども話したことのある俺の隣の方が気を遣わなくていいと思って、ただそれだけの理由で座ったのかもしれない。 たとえ、そんな理由だとしても、隣に来てくれたことが無性にうれしく感じた。 今日は珍しくこの図書室の利用者が多いものだから、あの時のように話すことはできないけれど。 願わくば、この何十分が続きますように、だなんて柄にもないことを思ったりした。 しかし、そんなことあるはずもなく、彼はいつも通り30分程度で読書を切り上げた。 挨拶でもできたらな、なんて思っていたけれど。 当然そんな時間はなかった。 わざとらしいことは百も承知だけれど、俺も図書室から出ることにした。 図書室を出たあとなら、静かにしなくてもいいし、ちょっとした話だけでもできたらいい。 らしくない自分に苦笑しながら、彼の後ろにならんで本を借りるための受付へ向かう。 彼が受付表に記入し、すれ違いざま、目があったような気がした。 緊張して顔を強張らせた俺とは対照的に、視界に入っているはずなのに俺に気付いていない彼。 その瞬間、理解した。 彼は俺のことを覚えていないのだと。 あの日の出来事は俺にとっては大きなことで、あの日から彼を見続けたのだけれど、彼にとっては日常で、とるに足らない出来事だったのだ。 俺の隣の方が気を遣わなくていいのかも、だなんて勘違いも良いところ。 恥ずかしくて、悲しくて。 同じ空間にいれたら、それだけでいいだなんて、嘘だ。 彼に気付いてほしい。 図書室から出たその足で美容室へ向かった。 地毛の茶髪から、金髪に染めてもらった。 学校から近いという理由だけで初めて入った美容室だったけれど、親身な美容師さんで、きれいな地毛なのに、って惜しがっていたけれど、どうしても金髪にしてほしいと言ったら美容師さんは折れてくれて、代わりにきれいにカラーリングをしてくれた。 俺の髪は、それはきれいな金髪になった。 今思えばなんとバカだったのだろうと思うけど、その時はそれしか思いつかなかった。 翌日、学校へいくと、俺の周りは大騒ぎだったし、校則はゆるいとはいえ、先生にどうした?って聞かれたけれど、俺が本当に気付いてほしい人は、決して気付くことはなかった。 おわり

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