10 / 14

前夜 Ⅲ

「……な、何してんのお前」  駆け寄った俺を眩しそうに眺めて、遊人はふふ、と軽く笑った。 「翼こそ、なんでそんなに息切らしてるの? どっから全力疾走してきたの」 「はぁっ!? 部屋に、決まってんだろ……」  そう言ってみたけど、両手を膝についてぜーはーしてる今の俺じゃ、全然説得力がない。  まじでなんで俺こんなに動悸息切れが激しいんだ? ああ、こんなキャッチフレーズなかったっけ。動悸息切れナントカ。 「もしかして翼ん家、中は迷路だったりして? わぉ、忍者屋敷みたい!」  かっくいー、と灰色の瞳を輝かせて俺ん家を見上げる遊人の顎に、俺は無言の頭突きをかます。 「んなわけないだろ。それより……何の用だよ?」 「いてー……翼クン石頭」 「~何の用かって聞ーてんの!」  のほほんと顎をさする遊人がなんだかやたら憎らしい。  静かな夜に、俺の大声はわんわん響いた。……っと、やべやべ、ご近所迷惑。思わず口を手でおさえる。 「なんかさぁ、ロミジュリみたいだよね。夜闇に紛れて人目を忍ぶあたりが」  へらっ、と笑う遊人。  当然俺の質問は無視。無視っつーかスルー?  いつものことだから気にしないけど、今日はそれが妙にもどかしい。  俺は呆れた溜め息をついて、試しに聞いてみた。 「……どっちがロミオでどっちがジュリ……えぇと、なんだっけ、ジュリア?」 「それはもちろん俺ロミオ」 「え、じゃあ俺がジュリアなわけ?」 「翼はロミジュリ知らないんだねー。この際ジュリアでいいよ」  うんうん、とひとり納得したように頷く遊人。頷くたびに猫っ毛がぴょこぴょこはねて、ちょっと、ホントにちょっとだけ可愛いなんて思ってしまったのは内緒だ。  ていうか俺、話についていけてないんですけど。

ともだちにシェアしよう!