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前夜 Ⅲ
「……な、何してんのお前」
駆け寄った俺を眩しそうに眺めて、遊人はふふ、と軽く笑った。
「翼こそ、なんでそんなに息切らしてるの? どっから全力疾走してきたの」
「はぁっ!? 部屋に、決まってんだろ……」
そう言ってみたけど、両手を膝についてぜーはーしてる今の俺じゃ、全然説得力がない。
まじでなんで俺こんなに動悸息切れが激しいんだ? ああ、こんなキャッチフレーズなかったっけ。動悸息切れナントカ。
「もしかして翼ん家、中は迷路だったりして? わぉ、忍者屋敷みたい!」
かっくいー、と灰色の瞳を輝かせて俺ん家を見上げる遊人の顎に、俺は無言の頭突きをかます。
「んなわけないだろ。それより……何の用だよ?」
「いてー……翼クン石頭」
「~何の用かって聞ーてんの!」
のほほんと顎をさする遊人がなんだかやたら憎らしい。
静かな夜に、俺の大声はわんわん響いた。……っと、やべやべ、ご近所迷惑。思わず口を手でおさえる。
「なんかさぁ、ロミジュリみたいだよね。夜闇に紛れて人目を忍ぶあたりが」
へらっ、と笑う遊人。
当然俺の質問は無視。無視っつーかスルー?
いつものことだから気にしないけど、今日はそれが妙にもどかしい。
俺は呆れた溜め息をついて、試しに聞いてみた。
「……どっちがロミオでどっちがジュリ……えぇと、なんだっけ、ジュリア?」
「それはもちろん俺ロミオ」
「え、じゃあ俺がジュリアなわけ?」
「翼はロミジュリ知らないんだねー。この際ジュリアでいいよ」
うんうん、とひとり納得したように頷く遊人。頷くたびに猫っ毛がぴょこぴょこはねて、ちょっと、ホントにちょっとだけ可愛いなんて思ってしまったのは内緒だ。
ていうか俺、話についていけてないんですけど。
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