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前夜 Ⅳ

 生温い風が濃い水の匂いを運んでくる。  そういや昼間は水じゃなくて花の匂いだったな。あれは何の花だったんだろう。  なんてどうでもいいことを俺はぼんやり思って、すぐ近くにある遊人の顔を見上げた。  遊人は軽く目を細めると、その長い腕をひょいっと振った。 「でもロミジュリじゃない方がいいよね。あれ悲劇だし。やっぱハッピーエンドでしょ」 「ロミジュリ言い出したのは遊人だろ……ってか、どこ連れてくんだよ!?」  俺の左手はしっかりと掴まれて、歩き始めた遊人にずるずる引きずられる。  痛くはないけど、なんとなく抗えない。俺より骨ばった手はひんやりしてて、気持ち良かった。  結局引っ張られるままに俺も足を踏み出すわけだけど、もしかして俺今まさに拉致られてる?  え、何この状況。  不安げな目で問う俺のテレパシーが通じたのか、遊人が肩ごしに振り返った。  街灯の白い明かりと三日月の黄色い明かりが、遊人の髪をかすかに透かす。  太陽に透かされてきらきらしてたときと違って、夜色の光は遊人をやけに大人っぽく浮かび上がらせた。  だからかな、どうも心がそわそわして落ち着かない。  普段あんなバカなのに。  いや今もバカだけど。  そんな俺の悩みなんてまるで無関係に、遊人はふわっ、と笑った。 「デートしよう」

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