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第3話
「やっぱり俺は実家に戻った方が良いと思うぞ。」
お互いにご飯を食べ終わり、お茶を入れているとぽつりと兄が呟く。
「飯もあんまり食べてないんだろ。夜も眠れてない。実家に帰ったらとりあえず飯は勝手に出てくる。」
「…そうだろうね。」
ずずず、と熱いお茶をちびちびと飲む。毎食用意されたら、あるのは食べるだろう。でもひとつ気がかりがある。
「父さんは俺が仕事辞めたのは知ってるの?」
「………お前が実家に戻ってくるなら言うつもりだ。」
やっぱり。そうだと思った。父にはいい情報とは言えない。父は主夫をしているが、仕事をしていない事を時々家族に謝っていた。「俺が不甲斐ないばかりに、お前達に迷惑をかけて。」と目にうっすら涙を浮かべる。
その時は母が「家事嫌いだから助かってるよ。いつもありがと!」と言って背中をばんばん強く叩いて、ぎゅーっと抱きしめて父さんをフォローしていた。
「俺が仕事辞めたって言ったら多分父さん気にすると思う。」
俺の所為なのか。仕事を辞めるのは俺が悪影響を与えたのか…。全く関係ないが、帰ったらそう言われそうだった。
もし俺が仕事を辞めたのがきっかけで病状が悪化したりしたら今より耐えれない。
「実家に帰るなら仕事始めてから帰るよ。そしたら父さんにも何も言われないだろうし。」
「………。」
兄は納得してなさそうに眼鏡の奥で切れ長の目を細め眉を寄せるが、父の事もあり、その後強くは言ってこなかった。
「働く当てはあるのか?」
仕事を辞めて約2週間が経った。ハローワークには仕事を辞めて5日後ぐらいには行って登録はしたが、それから行ってなかった。仕事に就けても、また同じような事が起きるのではないかと思い、怖いのもあった。
「まだないよ。明日ハローワークに行って聞いてくる。」
「いや。……無理には行かなくていい。ただの確認だ。」
「そろそろ動かなきゃなとは思ってたし。ありがと。」
兄はずっと煮えきらない表情をしていた。まぁ家族の中で2人も会社と合わずに無職になっているので、何と言っていいのかあぐねているのだろう。
「あと携帯は毎日見ろ。母さんが大丈夫か心配してる。」
そういえば数日開いてなかった。確認すると電源が落ちてた。充電器に繋ぎながら立ち上げると、母と兄からそれぞれ5件ずつLINEと日を追って増えている電話の履歴があった。親友からも一件来ている。
「うわ、ごめん。こんなに連絡くれてたんだ。」
「……とりあえずちゃんと飯を食べろ。眠れる時に寝ろ。規則正しい生活を意識しなさい。」
「そうだね。」
口煩い小姑のように言ってくるが、全て俺を心配して言ってくれていると分かっているので、嬉しかった。
兄は何か思案するように顎の下に手を当て黙っていたが、「そろそろお暇する。」と言って立ち上がった。
見送るために俺も後ろに続く。
「来てくれてありがとね。次会う時は仕事決まってるかも。」
「いや…。直が毎日食べてるか見に来ようと思うからまた明日な。」
「えっ。」
玄関で靴を履きながらさらりと言ってきたので驚く。俺んちと兄のアパートは地下鉄を乗り、40分程かかる。遠くはないが、往復で約1時間半もかかる距離を来てもらうのは嫌だ。
「毎日って…。仕事もあるのにいいよ。疲れるだろ。」
「お前から連絡ない方が疲れる。」
「それは……ごめん。」
俺が思っているより心配をかけていたようで言葉に詰まる。
「来て欲しくないのか。」
「…んなわけない。仕事で疲れてるのに無理してくるのが申し訳ないんだよ…。」
「きついかもしれんが何とかなる。」
なかなか引いてくれない兄が納得する方法を探す。
「……ちゃんと毎日LINEするから。」
兄の目つきが鋭くなり、凝視され、無言が2人のあいだを流れる。毎日連絡するだけでも足りないのだろうか。兄がほかに不安に思っていること…睡眠と食事かな。
「寝たよ、食べたよって報告したらいい?」
「………俺と母さんに写真付きで3食送れ。そしたら週末だけにする。」
「写真付き?!3食?!いやいや、せめて1食…」
「3食写真付きだ。」
「…………はい。」
これはなかなかハードな約束をしてしまった。26歳にもなってご飯食べたか毎食家族に教えるとは…。恋人同士でもしないのではないだろうか。兄がフッと笑い、俺の頭を撫でる。
「じゃあ明日は友人と約束があるので俺は来れない。しっかり送れよ。」
「えっ。」
……何というか………兄にしてやられた感が否めない。
「送らなかったら来るからな。じゃあ来週。」
「うん…。気をつけて帰ってね。」
ばたんと扉が閉まる。兄は元々毎日来る気はなかったんだろう。連絡をとれれようにああいう風に言ったのだ。
味覚は戻ってない。食欲もないが、兄と約束してしまった。強制的ではあるが食事を意識しなければいけなくなってしまった。
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