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第12話
「あ、風間君。いらっしゃい。」
「こんにちは、七瀬さん。」
午後2時。遅いお昼を食べに来た。俺以外はお客さんはおらず、すぐに七瀬さんがメニューを持ってくる。
「最近夜来てたのに久しぶりに昼間来たね。」
俺はバイトを始めてから、バイト終わりになな食堂に寄るようになった。今までは人の少ない今ぐらいの時間帯によく来ていたが、バイト終わりに七瀬さんに報告したいのと、ご飯も食べたかったので17時〜19時の時間帯に変わった。ご飯時なので、来た時はいつも食堂は賑わっていた。
七瀬さん一人で切り盛りしていると思っていたが、夜の繁多な時間だけバイトのおかっぱ頭の男の人が一人いた。芸人を目指している友人らしく、2時間だけ手伝ってもらってるとのことだった。
そんな訳で忙しい七瀬さんとはいつも少ししか話せなかった。
「今日は12時に終わったんです。イベントの準備手伝いで。最近ご飯時に来てて、あんまり七瀬さんとお話出来なかったから、今日はちょっとずらして来てみました。」
短い会話の中で日雇いのバイトを始めた事、無事に働けている事を少しだけ伝えれたが、俺はもっと七瀬さんとお話したかった。他の人がいる時では時間が足りず満足できてなかったのだ。
「…風間君はさらりとたらしこむねー。」
手で口元を隠す。うっすらと頬が赤く染まっている。
「…たらしこめました?」
「こら。」
「ふふ…っ。」
軽く小突かれ、ご飯は食べる?と聞かれたので、早く出来そうなサラダうどんを注文した。
「ささっと作ってくるね。ご飯食べながら話そう。」
食事が出来るまでの間はいつものようにステンドグラス越しの景色や反射した色を堪能する。
「はい。お待たせ。」
10分程で目の前に食事が出される。写真を取り、いただきますと手を合わせて食べ始めた。
向かいに七瀬さんが座る。
「イベントって何の?」
「今週末にある肉フェスティバルです。」
全国から20店舗集まる大型フェスだ。ステーキ丼や骨つき肉など色々と看板があった。
「あーCMしてたやつか。結構重労働だったんじゃない?」
「はい。今日は日差しが強くて、機器も大型のが多かったから汗だくです。テントの数もすごくて。腕もぱんぱん。」
会話途中途中でうどんをすする。味はしないがつるつると喉越しがよく箸が進む。
「また明日筋肉痛だね。」
茶化したように七瀬さんが言った。以前した工事現場のバイトの次の日、全身筋肉痛で悲鳴をあげたのだ。身体が痛いのと重いので歩き方が変になって七瀬さんに笑われた。
「ですね。でも楽しかったです。」
「そう。それはよかった。」
身体を動かすことは苦手だと思っていたが、動かして汗をかいてみるときついけど楽しさもあった。色んなバイトをする事で新たな自分に気づける。
「最近の風間君いきいきしてるなあ。」
「本当ですか?」
「うん。バイトで疲れてるんだろうけど、俺の店に来てくれる時、楽しそうに話すから。」
実際どのバイトも楽しかった。自分は働けるんだという自信も徐々に戻ってきている。
味覚障害は変わらないけれど、睡眠はとれるようになってきた。自分の気持ちと共に身体も良くなってきているのに嬉しくて安心した。
最後の麺をずるずると吸い、食事を完食する。ごちそうさまでしたと七瀬さんに向かって言った。
俺は箸を置き、椅子から立ち上がった。
腰を90度に曲げ、七瀬さんに向けて深々と礼をする。
「こうなれたのも七瀬さんのおかげです。あの時話を聞いてくれて本当ありがとうございます。」
今回この時間に来たのは話を聞いてほしかったのもあるが、一番はお礼を言いたかったのだ。
「俺は話して聞いただけだよ。こうなれたっていう行動ができてるのは風間君自身が頑張ってるからだ。すごいね。」
頭の上から声が聞こえた。ゆっくりと体勢を戻すとにっこりと笑ってくれる。七瀬さんと話していると俺はとても心地がいい。俺を否定せず肯定してくれるから。
「いや俺なんか…。あ。間違った。…ありがとうございます。」
「おっ今のは…ぎりぎりアウトかなぁー。」
「えっセーフじゃないですか。」
「だめー。あと6回言ったら俺の店1日タダ働きー。」
「それはいつでも手伝いますよ?」
「こら。進んで無給を志願しない。罰ゲームならないでしょ。」
これは七瀬さんが言ってくれたゲームだ。
俺は自分の事に関しては卑下したり、謝ったりしてしまっていたのを七瀬さんに指摘された。自分を卑下する発言はしないよう注意され、10回言ったらこの食堂で無給で2時間働く約束。
俺が指摘されて落ち込まないようにゲーム感覚でしてくれたのだろう。そのおかげで俺も楽しく返答することができたのだ。
七瀬さんと出会って俺は今こうやって笑っていられる。
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