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第20話
「風間何でこんな格好……、じゃないな。まず休まないと。待合室のソファで横になろう。」
但馬先輩は足早に会社の中に入ろうとする。思わず先輩のスーツを掴み、ぎゅっと自分の方へ引っ張った。その行動に気付いた先輩が足を止めて俺の方に顔を向けてくれる。せり上がってくる吐き気を堪えながら、口を開いた。
「……みんなに顔…見られたくないです……っ」
先輩は瞠目した後、食い入るような目線で俺を見た。一緒に働いている仲間に見られたくないと言われたら、いい気持ちはしないだろう。そんな反応をされても仕方がない気がした。でも優しくしてくれた先輩なら、俺の願いも受け入れてくれるとも思ったのだ。
先輩はしばらく俺を見続けながら黙った後、帽子のつばを深く被せ、顔が再度見えないようにしてくれた。
「……これで見えないだろ。」
「……ありがとうございます。」
スーツを掴んでいた手をゆっくりと緩めた。先輩は体格も男らしくがっしりとしているので、ずっと持ち上げられていても安定感がある。すると横からおずおずと近くから声が聞こえた。
「…手を貸しましょうか?」
前園さんだ。今の会話を近くで聞いていたのだろう。声には困惑を含んでいたが、関係性を言及することなく俺の体調を優先してくれる優しさが温かい。
「俺力あるんで大丈夫ですよ。あ、扉だけ開けてほしいです。清掃員さん、仕事大丈夫ですか?俺は今手空いてるんで、体調落ち着くまで見れますよ。」
「いや。俺たちの社員なんでそこまでは申し訳ない。……でも場所がわからないので休めることろまで連れて行ってくれると助かります。」
「そうですか…。じゃあ俺の後付いてきて下さい。待合室3階なんで。」
歩き出し、会社の中に入ると清掃員を抱きかかえている先輩を目にして色んな人が声をかけてきた。先輩は人望も厚く、慕われており、先輩がいるだけでその場の空気が明るくなるのだ。「具合が悪くなったみたいで、3階のソファでちょっと休ませるよ。」と先輩は返答すると、顔の見えない俺に向かって色んな人から労いの言葉をもらった。俺だとわかったらこんな言葉かけてくれないだろうなと思うと、もやもやが広がり、声をかけてくれた人には声を出さずに頷いて返答した。その後は腹の上にある握りしめた拳をじっと見つめてやり過ごす。
「ここです。」
先輩が目で扉を示すと、がちゃりと天然銘木 の扉を前園さんが開ける。俺はふぅと息を吐き出し、力を入れていた身体を緩め、顔を上げた。待合室にはL字型の黒のワイドローソファが右側に、シングルソファが2つ左側にあり、真ん中に木製の机がある。奥には観葉植物が光を浴びて緑鮮やかに彩っている。
先輩がL字型ソファへゆっくりと降ろしてくれた。
「但馬先輩。ありがとうございます…。」
先輩のお陰で他のみんなにはバレる事なくここまでこれた。会社を辞めた後まで迷惑をかけてしまい申し訳ないが本当に駆けつけてくれたのが先輩で助かった。
前園さんが美輪社長に電話をかけるとの事で俺から少し離れた場所に行く。迷惑をかけてしまい前園さんに「すみません」と謝った。「大丈夫。俺から話すからゆっくり休んで。」と言ってくれた。
前園さんが離れると、先輩が電話の邪魔にならない程度の大きさで小さな声で話す。
「気分はどうだ?」
「はい…。大分楽になりました。」
まだ軽い吐き気とだるさはあるが、視界のちかちか光っているのは落ち着いた。
「そっか。なら良かった。」
先輩は人好きする笑顔でぽんぽんと頭を撫でる。
「ったく。辞めた後連絡なくてすごく心配だったんだぞ。」
「……すみません。」
そういえば先輩から連絡先をもらっていたこと忘れていた。でも辞める人に連絡先を渡すのは社交辞令だと思っていたので、連絡する気は全くなかった。先輩の言葉から連絡を待っていてくれたのを感じ、申し訳なさと嬉しさが混ざる。
「まあ、連絡しずらいのはあるか…。でもこうやって体調悪いの見るともっと風間の事心配になった。」
「はい……。」
少し眉間に皺を寄せ、強めの口調で言う先輩を見て、一緒に働いていた時もこんな風に気にかけてもらっていたなと思い出す。
「だから風間から連絡くれないなら俺からするぞ。今携帯持ってるか?」
「え、も、持ってません。」
「番号覚えてるか?教えてくれ。」
「あ、はい。」
先輩に言われるがままに携帯番号を伝える。話すときはいつも先輩のペースになるので、俺は流されるように答えてしまう。
俺の番号をメモしている先輩を見て、本当にいい先輩だなと改めて思った。
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