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第21話

「じゃあ乾杯ね。乾杯ー!」 「か、乾杯ー!」  個室の外側からがやがやと居酒屋らしい音に囲まれながらカチンとグラスを鳴らす。  但馬先輩がゴクゴクと喉仏を上下させながらグラス半分程まで一気に飲んだ。俺はその横でカルピス酎ハイを数口飲む。 「あーうめぇ。」 「お仕事お疲れ様です。」 「お、ありがとな。」    倒れた昨日の夜に先輩から体調を気づかう電話がきた。電話で話しているうちに飲みに行く流れになり、本日駅近くの居酒屋で飲むことになったのだ。    料理が来るまでの間、お通しのこんにゃくと豚こま肉のうま煮をそれぞれつつく。上にかかっている七味唐辛子がアクセントになっていて美味しい。   「あれから体調は大丈夫?」 「はい、大丈夫です。あの時はありがとうございました。」  倒れた後、前園さんにハヤナでの出来事を簡潔に伝えると、1人で仕事は大丈夫だからと退勤時間まで休ませてもらった。勤務終了後に前園さんと美輪社長に謝罪すると、「無理な時は前もって言うようにしなさい」と言われるだけに止とどまった。 残り少ないバイトの時間をしっかりと貢献出来るように頑張っている。   「ならよかった。風間が辞めて、連絡なくてもう会えないなって思ってたけど、まさか清掃員として戻ってくるとはな。」 「いえ…、あれは応援だったので、普段は住宅が主です。」  「住宅?ああ、ハウスキーパーみたいなもん?」 「そうですね。部屋の色んなところ掃除します。」 「そうなんだ。じゃああの時は会えたのは偶然だったんだな。」 「…はい。自分もびっくりしたんですけど、本当先輩でよかったです。」  その後先輩に美輪クリーニングの事を話すと、楽しそうな職場だなと笑顔で言ってくれた。辞めた職場の先輩に今の職場が楽しいというのはどうかと不安に思ったが、もっと話してと言われて俺は嬉しくなった。頼んでいた焼き鳥やだし巻き卵などもきて、酒の力もあり、俺は饒舌に話した。   バイトの話から俺はなな食堂の話に移った。 「バイト終わりになな食堂に行くのが俺の癒しなんです。」   「なな食堂?」   「はい。見た目はカフェ店みたいなんですけど、ご飯も美味しくて、店長さんもいい人で。すごく助けられたんです。」   「…ふーん。そんなによくしてもらったんだ。」   「はい。俺が辛い時に話を聞いてくれて。あの時に聞いてもらったから前を向くことが出来たんです。」    俺は七瀬さんの事を思い出しながら心が温かくなるのを感じる。食堂は午後8時までなので、今日はもう食堂は閉まってるから会えないけど七瀬さんの顔が見たくなった。   「今もバイト終わりにご飯食べに行ってます。親子丼が特に好きなんです。」    俺は上機嫌に話をした。先輩はにこにこと相槌をしながら聞いてくれている。   「そんなにいいなら俺も行ってみようかな。」   「はい!是非行ってみてください。気に入ってくれると嬉しいです。」   「風間が好きなとこは俺も好きになると思うよ。」    俺はいつも七瀬さんに助けてもらってばかりで、先輩が行ってくれたら少しでもお店に貢献できると思い嬉しくなる。話がひと段落すると、お酒の飲み過ぎか尿意を(もよお)した。   「先輩、ちょっとお手洗い行ってきます。」 「おー。気にせず行ってこい。」 「ありがとうございます。」    俺は少しふらつく身体を壁に手を当てながらトイレへ向かった。      カタンと扉を閉まるのを確認し、その扉を再度少し開け、トイレに行った事を確認する。会社でいつも使っている鞄のサイドポケットに今日はいつもと違うものも持ってきた。    アルコール度数の少ない殆どジュースのような酒のグラスにカバンから取り出した2錠の白い錠剤を入れる。すぐに溶解し、下の方に沈殿する。箸で数回混ぜると何事もなかったように消え失せた。   「あー。次は逃げられないように慎重にいかねえとな。」     苛つきを含む低い声は白い錠剤のように、様々な音が混ざり合う雑多な空間に溶けて他の人の耳には届かなかった。  

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