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第24話
「風間君、1ヶ月間ありがとね。丁寧に仕事してくれて助かりました。」
「いえ、こちらこそありがとうございました。」
夕方5時。今日がバイトの最終日で、みんながいる中で美輪社長が労いの言葉をくれる。パチパチと拍手を貰った後も、他のみんなからそれぞれ声をかけてくれる。
「風間君は手を抜かないから、安心して任せられた。また機会があったらよろしく。」と一番お世話になった前園さんに言われて本当にここのバイトを選んでよかったなと思った。
美輪クリーニングを後にした俺は、はやる気持ちを抑えながら足を進めた。
1ヶ月。俺はバイトを最後までやり遂げることができた。途中、体調不良で迷惑をかけてしまったけれど、最後はみんなに笑顔で送り出してもらって達成感でいっぱいだった。
その気持ちを共感したくて、俺は今日もここに足を運ぶ。
「いらっしゃいませー」
お客さんでほぼ埋まっている。七瀬さんが気づいてくれて厨房から笑いかけてくれた。運良くいつもの定位置が空いていたため、そこに座り、関君に唐揚げ定食を注文した。日は長いためまだ外は明るいが、日が落ちてきているため、この時間帯のここの席は西日が強い。目を細めながら外を見る。
程なくして唐揚げ定食がきた。唐揚げは揚げたてで火傷しそうに熱かったが、衣のサクサク感とモモ肉のジューシーな脂がすごく美味しい。日替わりの小鉢はタコとワカメの酢の物で口がサッパリしてさらに食が進んだ。
食事を終えて、会計をする。今日は七瀬さんは手が離せないようで、プライパンを振りながら「ありがとうございました!」と通る声がする。その後口パクで多分“ごめんな”と言ってた。俺は手と頭を左右に振り、“いえいえ”と返す。話せなかったのは残念だけど、また明日来ようと俺は家に帰っていった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「あ、風間君!いらっしゃい。」
「七瀬さん、こんにちは。」
運良くお客さんは誰もいない。水を持って俺のところにきてくれる。
「昨日は話そうと思ったけど、注文が立て込んでね。改めてバイトお疲れ様。よく頑張ったね。」
「ありがとうございます。」
俺は気持ちが満たされて、ふふと笑顔が漏れる。褒められたかった子どもみたいだとおかしくなる。七瀬さんにカレーを頼み、来るのを待つ。
戻ってきた七瀬さんの手には2つのお皿が持ってあった。
「俺もお昼まだなんだ。一緒に食べていい?」
「はいっ。」
七瀬さんもカレーだった。結構通っていたが、一緒に食べるのは初めてだ。いただきますと2人で手を合わせて食べ始める。七瀬さんはスプーンにこんもりカレーをのせると大きな口で食べる。頬がリスのように膨らんで可愛い。俺はついついじっと見たくなるのを堪え、ちらちらと七瀬さんを見ながら食べる。
いつものように美味しいが、七瀬さんが一緒に食べているだけで、なんだかもっと美味しく感じた。感情が顔に出ていたのだろう、七瀬さんが「美味しいの?」と聞いてきた。
「はい。いつも美味しいんですけど、七瀬さんと一緒に食べるともっと美味しく感じます。」
「………。それはよかった。…本当表情も言葉も素直だなぁ。」
「それって喜んでいいんでしょうか…?」
「風間君のいいとこでしょ。喜びなさい。」
「ふふ。はい。」
その後も色んな事を話しながら食べ、カレーも残り数口というところだった。
「俺火曜日に前話したステンドグラス工房に行くんだ。風間君バイトひと段落したし、良かったらさ、一緒に行かない?」
「え、俺ですか?」
突然のお誘いに目を見張る。
「うん。そこの工房さ、一般の人向けにステンドグラス体験できるんだ。ランプとか小さいのだとネックレスとかも。」
火曜日は食堂の定休日だ。休日を利用して行くのだろう。最初はステンドグラスには興味がなかったが、なな食堂に通うようになってステンドグラスの透明感や彩りに興味をどんどん持つようになった。七瀬さんのステンドグラスの話も聞いてるだけでキラキラ楽しいものに感じていたので、行ってみたい気持ちがうずうずする。
「体験楽しそう…。でも俺、そんなに器用じゃないけど出来るかな…。」
「基本初心者向けだから大丈夫だよ。風間君はハウスクリーニングもだけど、目に見えて成果が現れるの好きみたいだから、出来たら楽しいんじゃないかな。」
不安を取り除きつつも、俺が楽しめそうだと思って提案をしてくれる。七瀬さんと話していると俺の事を考えてくれているんだなって感じさせてくれる。
「…そっか。そうですね。行ってみたいです。」
ちょっと前の自分ならこんなお誘いがあっても、自分なんかが一緒に出かけて楽しいんだろうかとかぐるぐる考えてたかもしれない。けど七瀬さんの包むような温かさが卑屈にならない自信をくれる。
「本当?よかった。一緒に行きたいなって思ってたから嬉しい。」
ほっとした表情を見せた七瀬さんはコップの水をごくごくと飲んだ。ぐっと上の方を見ているので、長く綺麗な首筋と上下する喉仏が見える。俺は思わずじっ首元を見てしまった。
「じゃあ火曜日11時にここに集合でもいい?向こうに美味しいご飯屋さんあるんだ。一緒にご飯食べて、ステンドグラスに行こう。」
「あ、はいっ!」
カタンとグラスの置く音と共に俺ははっと我に返り、じっと見ていた事を悟られないように勢いよく返事した。
「おお。今までで一番いい返事だね。」
肩を震わせて、楽しそうに笑う七瀬さんを見ながら俺は胸のドキドキを笑いながら誤魔化した。
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