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第26話
12時過ぎに食事処についた。海鮮丼がオススメだと言うことで、好き嫌いのない俺は海鮮丼を注文する。平日ということで、そんなに混んではいなかった。
お品書きでも丼から溢れるように海鮮がのっていたが、目の前に現れると丼は大きく、圧倒された。醤油を回しかけて、口に含むと魚臭さもなく、魚の油と醤油が混じり合って美味しい。鼻を抜けるわさびのアクセントがたまらない。七瀬さんも同じ海鮮丼を頼んでいて、大きな口で頬張り、目が合うと「美味いね」と表情を緩めた。俺と七瀬さんはお腹いっぱいになって、再度車へ乗り込み、ステンドグラス工房へ向かった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「ここだよ。」
「わあ。可愛い家ですね。」
訪れた工房は、赤煉瓦の外壁、バロックチーク色で中央よりやや上の小窓にはアイアンのモチーフが飾られている扉、メディバルの屋根瓦だ。窓はステンドグラスではなく、普通のガラス窓で意外に思う。扉横の木製の板に白字で『ステンドグラス工房 彩』と書いてあった。欧州風の建物で外国に迷い込んだ感じがしていい。
七瀬さんの後に続き、扉の中に入る。
「うわぁ…!」
俺は感嘆の声を上げた。6畳程の広さの部屋に壁に沿うように飾り棚があり、小物雑貨や写真立て、フロアライト、パネルなどが並べてある。天井からはステンドグラスの照明が吊り下がっており、一面色彩豊かな光景が広がっている。
「これだけいっぱいあるとすごい華やかですね。」
「いいよね。結構来るけど、何かしら新作が追加されてるから俺も楽しいよ。」
「そうなんですね。」
一つずつ近くで見てみる。明かりをつけている作品もあり、照明を最小限にした暗めの店内にガラスの光がよく映えていた。なな食堂のステンドグラスはシンプルな構成だったり、色んなガラスを無造作に並べているのが主だったが、ここに飾られているのは教会にありそうなマリア様や花、幾何学模様など絵画のような複雑な商品もあり感動する。
「お、いらっしゃい。」
「浅田 さん。こんにちは。」
奥の方から声が聞こえると、室内扉から人が出てくる。黒縁の丸眼鏡に白髪交じりの40代ぐらいの男性で、茶色の首かけ型のエプロンを着ている。七瀬さんが浅田さんと親しそうに呼んでいるので、工房長だろう。
「今日はもう1人いるって言ってたな?はじめまして。浅田と言います。」
「はい、はじめまして。風間直です。今日はよろしくお願いします。」
目線の合った浅田さんに向かって勢いよく45度程お辞儀をして挨拶をした。
「…お前人の良さそうな子誑 かしたなあ。」
「ちょ…浅田さん!変なこと言わないで!」
ニヤニヤと笑う浅田さんに、七瀬さんが慌てふためく。ばぁか冗談だと返す浅田さんを見て、すごく仲がいいのが伺えた。ぶっきらぼうな物言いにも親しみを含んでいる。
「まあいい。お前は前回の続きするんだろ?風間君は何する?」
「あ、待って下さい。今日は俺も一緒にしようかなって思ってて。」
「そうなのか?やっとハンダ付け出来るって喜んでたじゃねぇか。」
「…や、でも風間君初めてだし、一緒にしたいんです。」
「……………ふーん。」
長い溜めの後に浅田さんが七瀬さんを見ているが、七瀬さんは居づらそうに目線を逸らしている。
その様子を見て、七瀬さんは作りかけのステンドグラスがあって、初心者の俺が心配で続きをしたくても出来ないんだろうと解釈した。七瀬さんと一緒にしたかったけど、やっぱり七瀬さんが一番したいことをしてほしい。
「七瀬さん、俺初めてだけど、浅田さんに教えてもらいながら頑張ります。なので七瀬さんは続き頑張って下さい。」
「えっ。」
七瀬さんは困った顔をして、ちらりと浅田さんを見た後、「せっかく一緒に来たから一緒にしたいんだよ。」と伏し目がちに言う。俺は遠慮されているんだと思い、「遠慮しないで下さい。七瀬さんのステンドグラス是非進めて下さい。」と返すとさらに困った表情になった。
あれ?困らせてる?と思っていると、隣からぶぶっと吹き出す音がして、がははと大口を開けて浅田さんが笑った。
俺は急に笑い出した事に驚いて固まってしまい、七瀬さんは地を這うような低い声で「浅田さーん…」と名前を呼んでいる。
「お前調子崩されてんなあ。」
「…そんなことないですよ。」
「ぶぶっ」
「からかわないで下さい!」
その後もテンポよく進められる会話にはついていけず、待ちぼうけになる。
「お前も一緒に作りたいってことなら、最初簡単なやつ一緒に作って、後はそれぞれしたいのすれば?」
会話がひと段落すると、浅田さんが提案してきた。いや、でも…と俺が言葉に出すと、「うん。それがいい。お願いします。風間君も一緒にしよう。」と足早に七瀬さんが言った。
「…本当いいんですか?」
「…本当に風間君としたいんです。」
「…っはい。嬉しいです。じゃあお願いします。」
遠慮かもしれないけど、一緒に作ることになって俺は嬉しくなる。浅田さんが堪えるように肩を震わせながら「面白え…」と呟いていたけれど、何が面白いのか俺にはよく分からず、とりあえずにっこりと笑った。
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