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第31話
「ん〜どうしよ…。」
クーラーの効いた部屋で、俺は携帯とにらめっこしていた。画面にはハローワークの求人を映し出している。
短期バイトを達成することができたので、次もバイトにするか、就職活動を再開するか悩んでいた。
「でも何だかんだ、後半年で30だもんなあ…。」
年齢を重ねていくと、採用してくれる会社も少なくなってくる。でも会社に就職できたとして、定年まで働けるだろうか。辞めた会社に足を運んだだけで倒れてしまうのに。
バイトでの出来事を思い出すと、もやもやが身体を蝕んできて、俺はコインランドリーで綺麗にした寝床へばたんと倒れこんだ。
「……どうしよ…。」
腕を目の上に持ってくると、視界が真っ暗になる。どれぐらいそうしていただろうか。ピコンと携帯のメッセージアプリの音が耳に届いた。
起き上がり、机の上に置いていた携帯画面を見る。但馬先輩からのメッセージだった。
『よっ。今日の夜仕事定時に終わりそうなんだ。前言ってた食堂に一緒に行かないか?』
夕食のお誘いだった。先輩と飲みに行ってから1週間経っており、そろそろ誘った方がいいなと思った矢先のお誘いだったので、二つ返事でOKする。
「あ。夏仕様のステンドグラスもしっかり見ないとな。」
なな食堂に行く楽しみで少し気持ちが浮上した。約束の時間まで、バイトや就職情報を色々と調べて過ごした。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「すまん。待たせたな。」
「但馬先輩。お疲れ様です。」
食堂とハヤナコーポレーションの間にあるコンビニの前で待っていると、先輩がクールビズの格好で現れる。
先輩の額にはうっすらと汗が見えた。夕方でも夏の日差しは変わらず強いので、歩くだけで汗が出てくる。ましてや体格のよい先輩は代謝もいいだろうからさらに暑そうだ。俺もじんわりと汗をかきながら、2人で並んで食堂に向かった。
「いらっしゃいませー」
関君と七瀬さんの声が聞こえる。俺はそれぞれ目が合うと頭を下げた。七瀬さんと目が合ったとき、一瞬料理を作る手が止まったが、いつも通り笑いかけてくれた後、すぐに料理を再開して目が合わなくなる。今日も忙しそうだなと店内を見渡す。
夕食時なのでお客さんは多い。テーブル席が空いていたので向かい合わせで腰掛ける。少しして関君が氷の入った冷たい水を持ってきてくれた。
「こんばんは。風間君誰かと一緒とか珍しいね。…お友達?」
「えっと…前の会社の先輩です。」
「但馬です。はじめまして。」
「は〜、前の会社の先輩なんですか。辞めた後もこうやって一緒に食べにくるってめっちゃ仲良いですね。」
「そ、そうかな?」
但馬先輩には一方的に迷惑をかけてしまっているので、仲が良いという表現はしっくり来ずに返事が曖昧になる。
「可愛い後輩だったからね。仲良くしてもらってるんだ。」
「いい先輩っすね〜。じゃあ注文決まったらまた呼んで下さい。」
机の真ん中でメニューを開き、俺は焼魚定食、先輩は唐揚げ定食を頼んだ。
「ここ食堂って感じがしないな。」
「ですよね。俺も最初入ったとき、カフェっぽいなって思いました。」
「だよなー。」
先輩が店内を見渡す。俺は店内の照明に目を向けた。照明のステンドグラスは黄色を基調に、透明に近い水色や緑を使用してあり、確かに夏の雰囲気は感じる。秋用よりもシンプルなデザインだが、これも作ったんだなと感心していると先輩から「風間」と名前を呼ばれる。
「はい。」
「何を熱心に見てるんだ?」
「あ。えーと、この照明綺麗だなって思って。」
「これ?ああ、確かにカフェとか雑貨屋とかに使えそうな照明だな。」
「ですね。」
「そういや風間のネックレスも似たような作りのやつだな。」
「あ、はい。これもステンドグラスなんです。」
時間帯的に七瀬さんとあんまり話せないが、気づいてくれたら嬉しいなと思い、一緒に作ったネックレスを着けてきた。
「へえ。いいな。どこで売ってるの?」
但馬先輩が前のめりになって、俺のネックレスに手をかけた。急に距離が近くなり驚き、後ろに仰け反りそうになるが、堪えてそのままの体勢を維持する。
「ステンドグラス工房の彩ってところです。」
「近いの?」
「んー…、こっから1時間ちょっとかかりました。」
先輩は興味津々で話を聞いてくる。ステンドグラスをなかなか身につけてる人いないから、先輩も興味をもったんだろう。
「そうなんだ。1人で行った?」
「いえ。ここの店長さんに誘ってもらって、一緒に行かせてもらいました。」
「ここの店長?…そういえば仲良いって言ってたもんな。」
「仲が良いと言うか、俺が一方的に慕っているだけです。七瀬さんすごく良い人で。」
仲良いなんておこがましい思う。でも浅田みたいに七瀬さんと仲良くなれたら嬉しい。今度の火曜日また一緒に出かけることが出来るかもしれないし、ちょっとずつ仲良く出来たらいいな。
「へえ〜…。いいなぁ。じゃあさ、風間は俺の事も慕ってくれてる?」
「えっ先輩ですか?は、はい。いつも助けてもらってたし、慕ってますよ。」
「おう。嬉しいな。」
慕っている、と自分が言ったことに違和感を感じながらも、注文していた料理が来たため、会話を一時中断して食べ始める。
この前の刺身も美味しかったけど、鯵 の塩焼きも脂がのっていて美味しい。
「うん。美味いな。」
「…!よかったです。」
先輩も唐揚げが美味しかったようでばくばくと食べている。七瀬さんと一緒で、先輩も一口が大きいなと思いながら自分も箸を進めた。
綺麗にお皿を空にし、会計へ向かう。
「この前ご迷惑かけたので、今日は俺に出させてください。」
「あ〜この前ね…。えらい酔ってたよなー、くくっ。」
「ああっ、思い出さなくて大丈夫です!」
記憶から抹殺したいのに、掘り返さないでほしい。顔に熱が集まっていく。
「こんばんは。」
「あ、七瀬さんっ。こんばんは。」
手が空いてたらしい七瀬さんが、会計をしてくれるみたいだ。この前会ってから顔を近くで見るのは初めてなので、何だか気恥ずかしい。
「お会計は1960円です。」
「はい。」
バックから財布を取り出し、小銭を確認する。細かいのが出せそうだったので、ちまちまと小銭を出す。
「風間。もしかしてこの方が店長さん?」
「あ、はい。そうです。」
俺の一歩後ろで待っていた先輩から声をかけられ、顔だけ振り向いて返事をする。すると先輩は一歩踏み出し、レジに近づく。
「はじめまして。風間と仲良くさせてもらってます。唐揚げすごく美味しかったです。また来させてもらいますね。」
「お口に合ったようでよかったです。ありがとうございます。」
七瀬さんがにっこりと先輩に笑いかける。先輩もなな食堂を気に入ってくれたみたいだ。常連さんを1人増やせたので嬉しくなる。
「はい。じゃあ2460円お預かりします。」
お釣りを貰うのを待っていると「なあ風間。俺飲みたくなったんだけど、どっかで飲まねえ?」と先輩が声をかけてきた。
「えっ。で、でも前回飲んでご迷惑かけたし…。」
「じゃあさ、お前んちで飲もうぜ。こっから近かったじゃん。部屋が綺麗になったかもしっかり見てやる。」
「俺んちですか?えっと…」
先輩の話に気を取られていたが、七瀬さんが俺たちの会話を邪魔しないようにお釣りを渡すのをじっと待ってくれていたことに気付く。
「あ、すみません!」
「…大丈夫だよ。500円のお返しです。」
「ありがとうございます!」
慌てて財布の中に小銭を入れる。すると横からぐるっと腕が伸びてきて、肩に腕を回され、そのまま出口に向かって先輩が歩いていく。
「うわわわっ。」
俺は転けそうになるが、先輩に寄りかかるようにして転倒を耐える。七瀬さんに最後ごちそうさまでしたと伝えたくて、後ろを振り返ろうとしたが、先輩の腕が遮って見ることは叶わなかった。今日は全然喋れなかったなと残念に思う。ネックレスの事も触れなかったな…。
「よし!近くで酒買って飲むぞ!」
「……はい。」
ぐいぐいと進んでいく先輩には強くは言えず、待ち合わせしたコンビニまでまた戻り、諸々買った後、2人で俺の家を目指した。
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