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第32話

「お邪魔しまーす。」  俺の後に続き、先輩がコンビニで買ったおつまみや酒が入っている大きめのレジ袋を持って部屋に入る。   「お、この前来た時よりも綺麗なってんじゃん。」 「先輩に言われて、あの後2日かけて掃除したんですよ。すごいゴミ出ました…。」 「俺が言ったらしてくれたんだ?風間、流石だな。」 「うわっ。」  グリグリと結構な力で頭を撫でられた。先輩のスキンシップは結構激しいのでいつも驚いてしまう。 髪がボサボサになったので、手ぐしで軽く整えた後、最初に飲む酒以外は冷蔵庫に入れる。台所からグラスを2つ用意して、座って待っている先輩の元へ戻った。 「おう、さんきゅ。」  先輩はビール、俺は桃の酎ハイだ。プシュと気持ちの良い音で缶が開き、俺がどちらも注いだ後、グラスを合わせカチンと鳴らす。 「「かんぱーい」」 先輩は喉を上下に動かし、ビールを一気に飲んだ。 「ぷはっ。仕事終わりの一杯はうめぇな!」 「はは、よかったです。」 「そういや風間はビール飲まないな?」 「はい。ビールの苦味が苦手なんです。」 「そうなのか。勿体ないなー。」 先輩が2本目を冷蔵庫に取りに行こうとしていたので制止し、俺が狭い室内を足早に取りに行く。 「ん?これバイト誌じゃん。次何するか決まった?」  戻ってくると、先輩が机の上に置きっぱなしだったはバイト情報誌をばらぱらとめくっていた。俺は先輩の真向かいに座り、グラスにお酒を注ぐ。 「いえ…、次バイトにしようか、就職活動しようか悩んでて…。」 「じゃあ特に決まってはないのか。」 「はい…。」  今日もずっと考えていたのだが、結局答えはでなかった。その場で足踏みをしている今の自分の状態を思うと居心地が悪くなるが、先輩はすぐに話を逸らしてくれ、ホッとしてお酒やおつまみを摘まんだ。 飲み始めて1時間が経っただろうか。先輩は3本目のビールを飲んでいる時に、ふと手を止めた。 「そうだ。」  先輩は俺に目を向けてじっと見てきた。 「?」  どうしたのかと思い、見つめ返すと「バイトしない?」とずいっと身を前に乗り出し、先輩が提案してきた。 「…バイトですか?」 最初に話を逸らしてくれたので、安心していたが話を戻されて戸惑った。 「うん。風間さ、バイトか就職活動か悩んでるんだろ?俺の大学の先輩なんだけど、駅前のコンビニ店長やっててさ。この前人が抜けて大変って言ってたんだよ。」 「店長ですか…。確かに大変ですよね。」  学生の時にコンビニで働いた事があるので、店長の大変さは何となくわかっていた。病気や急用で人数不足が出た時、基本はバイト同士で変わっていたが、代わりのバイトが確保出来ない時は、店長が出勤したりしていた。元々のシフトも店長が出る日は他のバイトより多く、いつ休んでいるか不思議だった。 「そうなんだよ。大学の時色々お世話になったから助けてあげたいって思ったけど、俺は仕事してるからさ。風間なら安心して先輩に紹介できるし。ずっとしてもらう訳じゃないぞ。新しいバイトの人入るまでの短い期間ならいいんじゃないか?どうだ?」 「そうですね……。」  短期バイト1つを最後まで出来たのは俺の中で大きかったが、やはり就職と考えるとまだ垣根が高いように感じてしまっている。 「俺も会社帰りはほぼ寄るし、風間の事気にかけれるしさ。」 「……会社帰り……。」  そうだ。駅近くのコンビニならハヤナの社員も利用する人はいるだろう。コンビニで会ったらまた具合悪くなるかもしれない。 ……そのことを考えるとコンビニバイトは自信がなくなってきた。 せっかく先輩が提案してくれたが、コンビニのバイトはあまりしたくない。どう断ろうか考えあぐねる。   「…ああ、社員と会うのが怖いのか?」 「えっ………」  言い当てられたことに驚き、目を見張る。先輩は俺を見つめた後、はぁと長めの溜息を出し、助走をつけた手で勢いよくばんばんと俺の背中を叩いた。 「いたっ…!先輩強い、です…っ。」   もみじの手型が出来そうな強さで叩かれる。痛い。じんじんする。 「あのな、コンビニなんて5分もせずにみんな出て行くぞ。ましてや出入りの多い駅前で会っても、話しかける雰囲気じゃない。みんな電車の時間気にしてるんだからな。」 「は、はい。」 「ってかここら辺でまた働くなら、今後どっかで絶対誰かには会う。この前のバイトだって偶然だったんだろ?嫌々言っても始まらないんじゃないか?」  先輩の言葉にハッとさせられる。……そうだよな。逃げてばかりいても、会う時は会うんだ。この前も偶然会社に行かなければならなくなった。 「コンビニでもし会っても、何回か会って慣れてしまえばもう怖いものはない。次決まってないなら、ここでバイトしながら、今後どうするか考えてもいいと思うぞ。」 何回も会う可能性もある…。俺もほぼ毎日コンビニ行ってたし、先輩も行くって言ってた。他の社員もコンビニを利用していれば頻度は高いだろう。会えば慣れるだろうか。でも、慣れるまで俺は耐えれるのかな……。 ハキハキと話す先輩にぐうの音も出ず、俺は先輩の強い目線に耐えきれずに顔がどんどん下を向いていった。   「不安かもしれないが、風間ならやれるだろ。もしコンビニで働いたら俺の先輩も助かるし、風間も嫌な事に徐々に慣れれるし、俺も様子が見れるから安心だ。一石三鳥じゃないか!」 先輩がにっこりと笑って言ってくれる。俺の事を考えてくれている事はわかっているが、置いてけぼりにされているようで、先輩の言葉は嬉しいが違和感を感じてしまう。 「………そうですね。…かんが「お!いいのか!」 「………え」 急に何を言ってるのだろう。いいって何が……。 「それは先輩すごく助かるぞ!早ければ早い方がいい。人少なくて大変だからな。明日早速面接いこう。俺から先輩に電話いれるな。風間は履歴書だけしっかり持ってきてくれよ。」 風間が働いてくれるとは凄く嬉しいな、仕事終わりに毎日会えるじゃないか、やったなー、とずっと話しながら先輩は携帯を触っている。 もしかして……、 "そうですね"って相槌しただけなのに、肯定したと思われたのか…? 「せ、先輩っ。いえっ…、俺はまだ決めかねていて……」  俺の声は小さかったようで、よかったな、みんないい事だらけだ等、一人で話している先輩の声にかき消されてしまい、耳には届いていないようだった。すると先輩は携帯を耳に当て、誰かに電話をしようとしている。 「あ、もしもし。但馬です。根津(ねず)さん今大丈夫ですか?」  この話の流れからして、コンビニの店長さんだろう。まずい。働くと決めた訳ではないのに。ちゃんと意思表示しないと。 「先輩…っ。お、俺、まだバイトしたいって決めた訳では……んぐっ。」  俺は先輩の視界に入り、断りの言葉を言おうとしたが、電話を持っていない方の手で口を塞がれてしまい、話しの続きができない。 「……ん、…いっ」 「根津さん、ちょっと待って下さい。」  但馬先輩は電話を口元から離すと、俺に小さい声で話してくる。 「風間。今電話してるんだから、話しかけるのは………駄目だよな?」  口元の手がぐっと力が入り、顎に先輩の大きい手が食い込む。にこやかに笑っているが有無を言わせない雰囲気に、先輩の手が離れた後も俺は固まってしまい、続きの言葉を口にすることは出来なかった。 「根津さん、人足りないって言ってたでしょ?俺の会社の元社員で働きたい子がいるから明日面接してもらってもいいですか?…はい。…はい。良い子ですよ。…はい、面接の時間11時ですね。」 「大丈夫だな?」と小さい声で言われ、話すなと言われた俺はもう頷くしか出来なかった。 「大丈夫だそうです。はい。じゃあ明日よろしくお願いします。仕事中すみません、ありがとうございます。…はい、では失礼します。」 先輩が電話を切った。   「風間ありがとなー!先輩すごい喜んでくれてたぞ。明日面接だけど、ほぼ形だけで採用決定だからこれから頑張れよ。俺風間が頑張ってる姿、応援してるからな!」 がははと大口を開けて笑い、楽しそうにお酒を飲む先輩と対照的に、俺はいつの間にか決まってしまった今後の不安で潰されそうで、引きつった笑いを浮かべることしか出来なかった。      

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