36 / 80
第35話
「風間君お待たせ。」
「七瀬さんっ、おはようございます。」
「おはよう。電車の時間近いから、ホームに向かおうか。」
「はい。」
月曜日の朝、お笑いライブのチケットを関君からもらったので、一緒にどうかと七瀬さんからメッセージでお誘いがあった。バイトはしっかり火曜日休みにしてもらったので、行けます、とすぐに返信をした。
お笑いライブは市内にある常設劇場で行うとのことで、今日は電車で行くことになった。切符を買い、ホームに並んで待つ。
「あ、今日もネックレスしてくれてる。」
七瀬さんは俺の胸元を見て、にっこりと笑った。
「はいっ。気に入っちゃって、最近は出かけるときいつもつけてます。」
「よかった。工房に連れていった甲斐があったなあ。」
"今日も"って事は気づいてくれてたんだと嬉しくなる。俺は先週七瀬さんと工房に行った後、何回か食堂に行っていたが、先輩と食べに行った日以外は七瀬さんと話すことが叶わなかった。バイトの事も話せてないし、今日お誘いがあって本当嬉しい。
ちらりと七瀬さんの胸元に目線を向けるが、俺と同じ物は光っていなかった。七瀬さんは食堂で働いているときは装飾品は全くつけてないので、もしかして今日はつけてるかもと期待していた分、少し悲しくなる。すると七瀬さんがくすくすと笑った。
「風間君。」
七瀬さんは持っている黒のショルダーバッグをちょんちょんと指差した。肩紐の部分に黒チェーンを2重にして、ネックレスがバッグのチャームのようにつけてある。
「あっ!こんな風にも使えるんだ…。」
俺はじっとバッグを見つめた。嬉しい。七瀬さんも身につけてくれてる。
「顔に文字で書いてあるぐらいわかりやすいね。可愛すぎるよ。」
「えっ、また顔出てました…?」
「うん。」
七瀬さんの表情が先程よりも柔らかくなった。よかった、いつもの七瀬さんだ。会った時から何だか笑っていても表情が硬く感じてたので安心する。
ホームのアナウンスがあり、目的の電車がやってきた。平日なので、余裕を持って席に着くことができる。2人で横並びに座った。
「10時受付開始で10時30分から開演だよ。今日は若手の芸人が主だから多分知らない人ばっかりかも。」
「若手の芸人さんかぁ…。でも俺、テレビではお笑い見たことあるけど、生で観るのは初めてです。」
「そうなんだ?生いいよ。お客さんの反応が近いから、良くも悪くも一体感がある。」
「へぇ〜」
七瀬さんは好きな芸人さんの話をしてくれた。関君については見てからのお楽しみということで、詳しい事は教えてもらえなかった。あっという間に20分の電車の時間は過ぎる。
「劇場歩いてすぐだよ。ついてきてね。」
「はい。」
前を歩く七瀬さんの背中をじっと見る。…今日は何だか七瀬さんいつもと違うな…。何が違うかわからないけど…。気のせいかな?
七瀬さんが言っていたように、すぐに着いた。表通りから少し入り組んだ場所でビルの4階に劇場があると登りがでている。
「20分だからいい時間だね。」
何度も来たことがあるのだろう。スムーズに進んでいく。エレベーターで4階まで行くと受付があり、七瀬さんがチケットを出し、パンフレットを2つ貰う。劇場へ足を進め席へと座る。開演10分前を切っており、お客さんがすでに沢山いた。小さめの音楽とざわざわと話している声が、今からライブがあるんだなと感じる。
「あ、七瀬さん、チケット代いくらですか?」
「チケット代?大丈夫だよ。」
実は席が埋まらなかったから、タダで貰ったんだと他のお客さんに聞かれないように耳元で囁かれた。
七瀬さんの声をこんな近くで聞いたのは初めてで、不意の近さにぞくぞくと身体が震える。
「あ、そうなんですかっ。なら良かったです。」
七瀬さんの声は近くで聞くと耳に残るような余韻があり、自分の体温が少し上昇するのを感じる。
「関は4番目か。お、トーセンボンも出る。」
七瀬さんはすぐに身体が離れ、楽しそうにパンフレットを見て話し始めた。俺は上がった体温が徐々に戻るのを感じ、うんうんと聞き役に徹する。
すると音楽が大きくなり、開演を知らせる声が聞こえてきた。
「お待たせいたしましたー!新生芸人のライブへようこそー!」
どんどんとなる音楽、そして大きい歓声に圧倒されながら、今から始まるワクワク感に目を輝かせた。
ともだちにシェアしよう!