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第36話

「すっごく面白かったです!」 「あははっ。確かに今日は会場のお客さんもウケが良くて、芸人さん達も楽しそうだったもんね。」  終了後、俺は興奮気味に七瀬さんに話しかける。一日でこんなにいっぱい笑ったのは初めてだ。笑い過ぎて頬の筋肉が痛い。 「関君のもすごく勉強になりました!」 「あ、やっぱりそうなる?関の時事ネタ紙芝居は笑いよりも、へぇ〜って納得して終わっちゃうんだよね。もう少しウケればあいつも仕事増えるとは思うんだけど。」 「笑い…は他よりは少なかったですね。」 「くく、関は根が真面目だからね。」  関君は時事ネタを元にブラックユーモアな笑いを紙芝居で行う芸風だった。上部でしか見ていなかったニュース内容の裏側も話していて、俺は深く関心して聞き入っていた。他のお客さんも関心しているような声は聞こえたがあまり笑いには直結してなかった。 「風間君、ちょっと廊下で電話していい?」 「あ、はい。どうぞ。」  ある程度人が少なくなった会場を後にし、廊下に出る。風間さんは誰かに電話をして楽しそうに話しているが、周りのざわめきでよく内容は聞き取れなかった。電話で楽しそうにしている七瀬さんを見ると、……もやもやとする。何か嫌な気分を持ってしまう。   「お待たせ。」 「……いえ。」 「ごめんね。関君に電話してたんだ。3人で一緒にご飯食べよう。だからそんな不機嫌にならないで。」  ぐりぐり攻撃〜と眉間の間を指で押される。皺が取れなくなっちゃうよと言われ、眉間を寄せていたのかと気づかされる。 「う、すみません……。」 「くく、可愛いから許す。ほっとかれてたら誰だって嫌だもんね。」  ごめんね、と頭をぽんぽんとされた。    ほっとかれたからもやもやしたのかな…。しっくり来なかったが、ぽんぽんと頭を撫でられたら、もやもやは消えてしまったので、関君と待ち合わせしているという駅前の商業施設へ空腹感を自覚しながら向かった。    ✳︎ ✳︎ ✳︎   「今日来てくれてありがとうございます〜!」  3人で入ったのは商業施設内の回転寿司チェーン店。関君たっての希望だ。関君は食堂で働いているときよりもテンションが高く、俺と七瀬さんに勢いよく握手してきた。 「あー腹減った!今日も七瀬さん奢ってくれますか?」 「お前そのつもりでしか来てないでしょ。どうぞ、たらふく食べなさい。100円皿限定で。」 「えー!俺今日ウケましたよー!200円皿食べたい!」 「ウケた〜…と思う?風間君。」 「えっ、俺ですか?」  急に話しを振られてどもってしまい、先程七瀬さんと会話したことが脳内再生される。 「えっと、すごく勉強になりました!」 「ええー!そっちー?!」  関君が大袈裟に身体を仰け反らせて驚いたので、俺もそれに驚いてしまう。 「関。そういう事だ。夜の反省会で上進しなさい。あとライブ終わってハイになってるのは分かるが落ち着け。」 「うう…冷たい……、100円皿で我慢します…。」  そんなこんな言いつつも、ちゃっかり200円皿を頼んでいる関君を七瀬さんは笑って許してる。ライブの反省会はいつも夜にやるらしく、関君のライブを観に行った後はこうやって2人で食べるそうだ。  関君と七瀬さんはお笑いの話をした。俺にはわからない事の方が多かったが、どっちも俺が会話から外れないように説明をしてくれるので、楽しく聞くことができた。  ある程度、お笑いの話題が終わった後に、なな食堂の話にうつった。 「そういやバイトどうするか決まりました?」  関君は頼んでいたウニが来たので、レーンから取り、少量の醤油につけて頬張る。 「あー…、やっぱいないとキツイね。」 「でしょ?最近人増えていってるし、バイト増やしましょ。」  バイト?なな食堂で?確かに忙しそうに働いているとは思ってたけど、関君以外にバイトを雇うって事…? 「そうだな……。」  七瀬さんが隣に座っていた俺を見る。俺は箸を止めて2人の会話を聞いていたので、すぐに目線がかち合う。 「風間君はさ、短期バイト終わったけど、この後どうするか決めたかな?もし、バイト続けるなら食堂で働いてみるのどう?」 「あ……」  七瀬さんがゆっくりと、俺に話しかけてくれる。そのおかげですぐに七瀬さんが俺をバイトとして雇ってくれようとしている事がわかった。   「えっ、風間さんが一緒に働いてくれるなら俺もめっちゃ嬉しいです!働きましょうよ!タダ飯…じゃない、まかない美味いっすよ!」 「関、落ち着け。風間君、提案だからね。無理に決めないでいいよ。」  2人が俺と働きたいと思ってくれていることがすごく嬉しくて、その分断らなきゃいけない自分が嫌で、苦しい。食べながら俺の返事を待ってくれる。 「……俺、」  話しにくいが言うしかない。一度受けた仕事はバイトでも全うしなくちゃいけないから。 「今、コンビニでバイトしてて…。22時から6時まで夜勤が主なんです。なので……ごめんなさい。」  俺は机に頭がつきそうなぐらい頭を下げた。折角大好きな場所で働けるチャンスだったのに、何してるんだろう俺。流された過去の自分を盛大に後悔する。 「ええっ、そんな深刻そうに頭下げないで下さいよ!」  わたわたと慌てる関君の隣で、七瀬さんは落ち着いていた。 「そうだったんだね。こっちは大丈夫だから、気にしないで。ちゃんと自分で決めて進めてるのはいい事だよ。」 そう言ってくれたが、流されただけの俺には辛い言葉だった。    俺はあの時、先輩と飲まなければよかったなんて身勝手な事を考えてしまい、さらに自己嫌悪に陥り、頼んでいたお寿司をただ胃へ詰め込んでいった。        

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