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第39話

「風間君は俺と話したいんだよね?」 「はい。お話できれば、…あ、ここのベンチでもいいです。」  案内板を見ても良さそうなお店は見当たらなかったので、案内板の隣にあったベンチを指差す。 「くく、ベンチかあ。それもいいけど…、良かったら俺んち来る?」 「え、七瀬さんち?」 「うん。何かしたいことあったら全然出かけたままでもよかったけど、話メインなら俺の家でゆっくりした方がいっぱい話せるんじゃないかな。どう?」  家に行くと聞いて、嬉しさで胸が熱くなる一方、変に緊張して手から汗が滲み出る。でも七瀬さんちにお邪魔できるのも、お話がいっぱいできるのも胸を高鳴らせた。 「い、行きたいですっ!」 「よかった。じゃあ夜ご飯も食べて帰る?家にある材料で適当でいいなら俺作るよ。」 「えっ、夜までいていいんですか?」 「うん。是非。」  さらに七瀬さんがご飯を作ってくれるとのことで、俺はもっと嬉しくなった。食堂ではない七瀬さんのご飯…どんな感じなんだろ。 「風間君すっごいにこにこだね。」 「あっまた顔出てました?家に行くの楽しみで…」 「そんな変わったことはないからあんまり期待しないでね。築20年の1DKで古いし狭いよ。」 「あ、1DKなら俺も一緒です。」 「そうなんだ?一人暮らしだったら全然いいよね。」  七瀬さんが、携帯で帰りの電車の時間を確認してくれる。あと20分で出発するとの事で、広い商業施設を電車に間に合うよう出ていった。    ✳︎ ✳︎ ✳︎   「ここの2階だよ。」 「えっ、食堂すぐそこですね。」 「うん。近さとキッチンの状態で選んだらここになったんだ。」  なな食堂から歩いて2分のところにある2階建てで、白いアパートだった。部屋数は4つ。紺色の幹天井でそれぞれの部屋に出窓、コンクリートのベランダがある。鉄骨階段は白いペンキを塗ってあるが、ところどころ錆びているのが伺えた。中央の階段を上がり、七瀬さんは慣れた手つきで鍵を開ける。 「狭いけどどうぞ。」 「お、お邪魔します…。」  誰かの家に入るのは久しぶりで緊張する。七瀬さんに続いて中に入り、見渡すと右手にお風呂やトイレなどの水回り、左手にキッチンや冷蔵庫やレンジ等があった。料理をしないので珍しいかわからなかったが、ガスコンロが2口で珍しいんだよ、と七瀬さんが説明してくれる。 部屋を仕切るすりガラスの引き戸を七瀬さんが開けると、ふわっと林檎やレモンを混ぜたような爽やかな匂いをほのかに感じた。いい匂いだな…なんの匂いだろう。ダイニングには茶色を基調とした部屋で、窓側にベッド、中央に木製のローテーブル、2人がけのソファがあった。俺の部屋とは違って物が散乱していない。バイトが始まってまた部屋が散らかっていたので、掃除しないと自分の部屋を思い浮かべた。 「飲み物麦茶でもいいかな?」 「はい、何でもいいです。」 「わかった。じゃあソファでくつろいでて。」  「ありがとうございます。」  ソファに座ると香りが強くなった。後ろには、綺麗に畳まれている服がスチールラックに収納されている。服から香ってるようだ。柔軟剤だろうか。心地の良い匂いだ。 「お待たせ。はい、どうぞ。」 「あ、ありがとうございます。」  グラスの中でカランと鳴る氷の音が涼しげだ。9月に入っても最高気温30度近くで、まだまだ暑い。七瀬さんが麦茶を持ってソファの隣に座ると、身体が触れるか触れないかという近さで、以前車に乗っていたときよりも近くなる。 (ち、近い……!) 部屋に入ってすぐつけてくれたクーラーがゆっくりと身体を冷やしてくれていたが、再び熱がぶり返すのを感じる。 最近何でこんなに緊張するんだろ。自分のことなのに不思議で仕方ない。話をする為に来たのだから、とりあえず落ち着かないと。 「風間君顔真っ赤だよ?大丈夫?部屋暑かったもんね。」 「えっ!顔赤いですか?え、えっと、人んち訪れたの久しぶりで緊張してるみたいで…。」 「あ、緊張してるんだ?」 「はい…、話にきたのにすみません…。」 「ううん、俺は気にしないで。先週みたいに歌って緊張和らげたかったけど、ここ壁薄いから難しいもんな…」  とりあえず一緒にテレビを見ようかとテレビをつけてくれた。平日の昼間は芸能ニュースや不祥事などの内容ばかりで、芸能に興味がない俺には特に惹かれる話題は何もなく、隣の七瀬さんから意識が逸れないでいた。 七瀬さんも隣でそれを感じたらしく、お酒でも飲まないかと提案してくれた。 「お酒ですか?」 「うん。俺仕事終わりに飲みたくなること多いから酒常備してるんだよね。もう出かけないし緊張してるならどう?いつか一緒に飲みたいなって思ってたんだ。」  ビールだけじゃなく、さっぱり系の酎ハイもあるよと提案される。但馬先輩と飲んだ時のような迷惑をかけるわけには行けないので一度断ったが、風間君ちも近いし、そんなに多く飲まないなら大丈夫じゃないかなと言ってくれた。 「そうですね…。じゃあ、お言葉に甘えて、いただきます。」 七瀬さんの気遣いもあったし、俺自身緊張をほぐしたいのもあったので、お酒を飲むことにした。                

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