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第49話

月曜の夜7時。但馬先輩とは以前飲んだ駅前の居酒屋で今日も飲むことになった。月曜日という週始まりでも飲む人は意外と多く、ざわざわと賑わっている。個室に案内され、注文をするとお通しとお酒が先に来た。 「乾杯!なんか風間に会うの久しぶりだなー。」 「乾杯…。そうですかね?」 先輩はビール、俺は七瀬さんと飲んだ時に美味しかったレモン酎ハイにした。カルピスなどの甘めの酎ハイよりも、お酒の味が舌に残る。今日は2杯までしかお酒は飲まないと心の中で誓う。 「会いたいなーっては思ってたんだけど、ここ最近大変な客がいてさ、『実際に見てみたら違う、こっちに変えたい。変更料がかかってもいい。』とか言いながら、実際に変更料金かかったら、『もっと安く出来ないか』とか言ってさ…。それが1回、2回で済まないし、匙投げなくなったよ。」 ビールを半分程一気飲みした後、はぁーとため息を吐く先輩は何だか疲れた顔をしていた。俺がハヤナを辞めてから、先輩がハヤナの話を詳しくしたのは初めてだったが、自分が構えていたよりは聞くのはツラく感じなかった。そのことに内心安堵する。 「時々大変なお客さん来られますもんね。」 「本当だよー。『お客様は神様で、従業は小間使いです。』って本気で思ってるとこっちは言いなりだ。」 「もう受け渡し終わったんですか?」 「ああ。先週やっとな。」 「そうなんですか。お疲れ様です。」 俺はぺこりと頭を下げて、先輩を労う。 「あー!可愛いな!ありがと風間!」 「うわっ」 わしゃわしゃと髪を撫でられ、風で乱れたような髪型になる。しばらくして頼んでいた焼き鳥やら、唐揚げ等が次々来て、テーブルが賑やかになる。 「仕事で疲れた時、風間の顔見たいなーってコンビニ行くけど見れないし、辛かったぜ。」 「あはは。夜勤ですもんね。」 先輩は2杯目のビールを飲んでいた。 俺は玉子焼きを口に含む。出汁が効いてふんわりしている卵に、醤油を少し垂らした大根おろしが後味をさっぱりとさせ美味しい。 「根津さんに頼んだのに即無理って言われたし。」 「…?何を頼んだんですか?」 「ああ、根津さんにさ、風間を昼間のシフトにしてって言ってみたけど、夜人手ないから無理って即言われたんだよ。俺が風間紹介したのにさひどいよな。」 「えっ…」 俺はさっと血の気が引くのを感じた。昼間へのシフトチェンジを言った…?根津店長からは何も言われてないし、無理って言ったって事は勤務は変わらないってことだけれど…。でもこれを根津店長が受け入れていたら、俺は店長が言うなら仕方ないと、昼間のシフトをしていたって事…? 「俺も会いたいけどさ、風間も早くトラウマは克服したいだろ?先延ばしにすると良くないし。」 「………。」 焼き鳥を頬張りながら言う先輩からは特に悪気は感じられない。本当にそう思って言っているんだろう。先輩の言うように今のままでいいとは思ってない…。多分前よりはハヤナのみんなに対する怖さは減っていっているとは思うし、本当に会っても大丈夫かもしれない。でも、大丈夫じゃないかもしれない。俺の知らないところで、俺が望んでいないことを、良かれと思ってされているのは何か違う気がした。 但馬先輩は交友関係も広くて、言葉にも影響力がある。ハヤナで働いていた時も、先輩の一言で全体の意見が変わったことはよくあった。 コンビニバイトも但馬先輩に流される形で始めた。これから何度も先輩から店長に言っていたら、俺は昼間の勤務に変わるんだろうという予感がした。 俺を取り囲む環境が先輩の一声で変わってしまう。影響力の強い人物が目の前にいるんだなと思うと、不意に但馬先輩という存在が怖くなった。 「ん?どうしたんだ、黙って。」 「え、いや…。ちょっと考えてて……。」 「根津さんに昼間のシフト変更言いにくいか?そしたらまた俺が言ってやるよ。」 「えっ」 そんな事は全然思っていない。嫌な予感が現実になってしまう。俺は短い時間で頭をフル回転させ、阻止する方法を考える。 そうだ。俺がはっきり返事しないのがいけないんだ。 「…いえ。夜勤の方が好きなので、…今のままがいいです…っ。い…言わないで下さいっ。」 「ん、そうなのか。」 先輩は少し驚いた顔をしていたけれど、「それなら言わなくていいな。」と納得してくれた。 先輩の返事を聞いて、俺は心底安堵し、ホッと肩の力を抜く。良かった。わかってくれた。但馬先輩が俺にとって望んでいない行動をするのは、俺がはっきり言わなかったせいもあるんだと反省する。 「はあ〜、風間が俺にはっきり言ったのは初めてだな。」 「あっ、えっと…すみません。気を悪くしましたか…?」 「いや、全然。いいんじゃないか?」 但馬先輩からにこっと笑顔で言われ、言って良かったんだと安心し、嬉しくなった。 それからは但馬先輩が話す事を相槌をしながら聞いていく。 「そういえば今週の土曜友達の結婚式なんだよ。」 「そうなんですね。先輩友達多そうだから、すごく呼ばれそうですね。」 俺は3回しか参加した事ないが、ある友人は15回参加している人もいた。但馬先輩は交友関係も広いので、お呼ばれも多いんだろう。 「そうなんだよ。呼ばれるばっかだ。」 「すごいなあ…。先輩ってすごくモテそうですが、結婚はされないんですか?」 「俺?」 基本沈黙なく、すぐに返答する先輩がすっと黙ってしまった。普段ずっと話している人が黙ると、なんとも言えない不安感が襲う。聞いてはいけなかったことなのだろうか…? 「俺はまだだなー。気になるやつはいるんだけどね。」 「あっ、そうなんですか。」 返事があったことにホッとする。先輩も気になる人がいるのか。どんな女性なんだろう。 「風間はどうなんだ?好きなやつ出来たのか?」 「えっ」 俺は答えることができずに固まってしまった。七瀬さんの顔が浮かび、顔に熱が集まってくる。 「…いつもは『出会いないです』って言ってたのに、その動揺は出来たんだな。へえ〜…。」 にやにやしながら但馬先輩から言われる。 「え、いや、えっと…。」 「もしかして俺か?」 「えっ?」 但馬先輩?何故先輩が出てきたのか、よく分からずに唖然としていると「違うのか。」と呟く声が聞こえる。 好きな人の事を答えた方がいいのだろうか。でも七瀬さんは男の人で、俺も男の人が好きだとは、秋鷹には言えたけれども、元仕事の先輩に言うのは違う気がした。 「まあ、右往曲折あった方が、ラストは盛り上がるよな。」 「………どういう事ですか?」 急に話が変わり、よく分からなかったが先輩はにこにこ笑いながら、別の話を始めてしまい、わからないまま終わってしまった。 それから飲み始めて2時間が経ち、先輩は明日も仕事なのでお開きになり、駅で別れた。泊まりたいと言われなかった事にホッとする。 俺は駅から歩きながら、レンタルショップを目指す。昼間はまだ暑いが夜は涼しく、歩くのも苦にならない。 明日の事を考えると、どきどきとした。七瀬さんとは10時から会う約束をしており、先月DVD化された映画を俺の家で見ることになっている。 部屋の掃除は連日頑張ったおかげで終わり、引っ越してきてから1番綺麗になったと思う。部屋、水回り、玄関…綺麗になった部屋を見て、ハウスクリーニングで働いていて良かったと過去の自分に感謝した。 DVDは今日借りて、ご飯も揃えている。明日の準備は完璧だ。 早く明日になってほしいと思いながら、俺はレンタルショップに足を運んだ。

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