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第59話
「すまない、待たせた。」
「あ……、お仕事お疲れ様です。但馬先輩。」
夜7時すぎ。駅前に生簀 がある刺身が美味しい個室居酒屋で待ち合わせをした。仕事が立て込んでいたらしく、少し遅れて先輩は来た。オススメの刺身の盛り合わせと季節の野菜天ぷら、他数点の料理と、俺はこの後バイトがあるのでソフトドリンク、先輩はビールを注文する。
「風間、仕事前なのにこうやって付き合ってもらってキツくないのか?」
「はい。昼間に寝溜めしてきたんで、大丈夫ですよ。」
「ならいいけどな。休みの日にゆっくりと会いたかったが、風間はここ最近、ずっと予定入ってるもんな。」
「あはは…、すみません。」
先輩は俺が月曜と火曜が休日だと知っているので、何度か休日に会わないかと誘いが来ていた。でも七瀬さんと付き合い始めてから、月曜日の夜から七瀬さんの家か俺の家でお泊りをするようになったのでその度に断っていたのだ。
七瀬さんと付き合うまでは、自分なんかのために毎週会える時間を作ってくれて嬉しいと満足していたのに、付き合い始めるともっともっと一緒にいる時間を増やしたい、足りないと欲張りになった。毎日のメッセージ、電話のやりとり、なな食堂に通って顔は見れるけれど、お互い働いている時間が違い、休日以外はなかなかゆっくり会えないのだ。だから先輩には申し訳ないなと思いながらも、七瀬さんと会う時間を削ってまで先輩の誘いを優先しようとはならなかった。
あと……、実はもう一つ理由がある。先輩に会うと話が噛み合わなかったり、誤解を生んだりとテンポが合わない会話に気を張ってしまい、ここ最近正直会いたくない気持ちも生まれていた。ハヤナで辛い時に励ましてくれたり、助けてくれたりしてくれたいい先輩で、こんな風に思ってしまう自分が卑しくて嫌になるけれど、仕事を辞めて先輩と2人で会うと、騒がしい街から、急に街頭も人もいない真っ暗な夜にぽつんと置いてけぼりにされたような不安感が襲ってくるのだ。本当にこんな事思ってしまう俺は嫌な人の考えだなとはわかっているけれど、会う度にその気持ちは埃のように積もっていた。
でも今まで助けてくれた先輩なので、用事がない日に誘われれば無下にはできず、こうして今日も一緒に食事を食べていた。
「休みの日ずっと予定埋まってるってことは……風間もしかして好きって言ってた奴と付き合えるようになったの?」
「えっ!」
「おっ、ビンゴか。よかったじゃん。おめでと。」
「あ、ありがとうございます。」
さらりと付き合い始めた事が当てられてしまいびっくりした。動揺していると頭をグリグリと撫でられ、上から祝福の言葉が降ってきた。先輩が満足そうな顔で手を離したあと、髪の毛が寝癖のように色んな方向に向くのを手櫛で整える。
「どんな子?写真ないの?」
「写真ですか?」
ステンドグラス工房で撮った写真がふと頭に浮かぶが、友人の秋鷹に電話で報告した時にゲイは偏見もあるから付き合ってるって言う奴はちゃんと選べと言われていたのを思い出す。
「…まだ撮ったことないですね。」
「そっか。残念、見たかったなー。」
「すみません。」
先輩が深く聞いてこなかったことに安心した。先輩は偏見があるかわからないけれど、写真を見せて付き合っているのを言うのは出来ないと思った。教えると嫌な方向にいきそうな予感が頭をよぎったのだ。
先輩は先にきたサラダや刺身をつまみにビールを流し込んでいく。
「じゃあその子のどういうところ好きになったの?」
「好きなところですか…。」
七瀬さんを思い浮かべてると沢山好きなところが浮かんできたが、性別がわからないことだけを選別して選ぶように、悩みながら宙を見つめる。
「料理が美味しい…、頼りになる…、尊敬できる…、格好いい…、優しいところ…ですかね。」
そしてエッチな事も上手だな……。ふと泊まりに行った夜のことを思い出し、顔に熱が集まる。
「顔真っ赤になったぞ。エロいことでも考えたのか?」
「えっ!いいえっ、違いますよ!」
「図星か。本当風間はわかりやすいな。」
「ち、違います…。」
言い当てられ、強くは否定できずに恥ずかしくなる。
「料理上手でエロいなんて、いい女だな。よかったじゃないか。」
「あははは……、ありがとうございます。」
さっきから七瀬さんと付き合ってる事を隠さないといけないと思いながら話しているので、愛想笑いみたいな笑顔しか出来ていない。顔に出やすいってよく言われるし、バレないように気をつけないといけない。内心汗をかきながらサラダを口に含み、もぐもぐと咀嚼する。
「そういえば昼に働いていたバイト2人辞めたんだろ?」
「あ…そうなんですよ。根津店長すごく疲れきって大変そうでした。」
最近少し顔色がよくなった根津店長の顔を思い出す。
「でも新しいバイトの子が来てくれたんです。店長が少し楽になるって言われてました。」
「………もう新しい子入ったのか。そっか、よかったな。じゃあもう昼間のヘルプは誰もはいらないでいいんだ?」
「そうですね。店長の負担はまだ大きいですけど、今の感じだったら大丈夫みたいです。」
「そっか。根津さんよかったな。」
「はい。」
会話の間で食事をしていく。季節野菜の天ぷらの盛り合わせからかぼちゃを食べると、揚げたてで衣はサクッとしているが、中はホロッと柔らかく、大根おろしをたっぷりと入れた天汁につけると衣に染み込み口の中でジュワッとつゆの風味が広がる。
「あ!思い出した!」
「っ!」
但馬先輩が大きな声を発し、俺は思わず身体がビクついてしまう。先輩はごそごそと鞄から携帯を取り出すと更に大きな声で「ああ!」と言って項垂れた。
「……先輩、どうしたんですか?」
「あっ!風間!ちょっと携帯貸してくれ!」
「えっ?」
「ずっと忘れてた事思い出して、携帯にメモろうと思ったけど携帯充電切れてたんだよ。風間の携帯から、思い出したこと俺のメッセージに送りたいんだ。貸してくれないか?早くメモしないとまた忘れそうでさ。」
そう言って先輩は真っ黒になった携帯画面を見せてきた。慌てた様子の先輩を見て、俺も慌てて自分の鞄から携帯を出し、先輩に手渡す。
「どうぞっ。」
「ありがと!助かるわ!」
先輩が携帯を操作している間、話しかけるとメモを取る先輩の邪魔になるため、鶏モモの焼き鳥を頬張りお腹を満たしていく。塩胡椒と脂が混ざり美味しい。
「ん?」
少しして、先輩の声が聞こえた。声は疑問符を含んでいたので俺は顔を上げてどうしたのだろうと思い顔を見た。先輩は俺の携帯の画面を見て、眉間に皺を寄せ、首を捻っている。
「どうしたんですか?」
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