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第60話

「ああ、すまん。風間は機械に疎い印象があったんだが、監視アプリ入れてるのが以外でな。」 「監視…アプリ……?」 「ほら、これ。ダウンロードしたんだろ?使い勝手いい?」 身に覚えがないことを言われて、よくわからないまま但馬先輩が差し出した自分の携帯画面を覗く。画面はいつも使っている画面ではなく、殆ど見ることのない隣の画面が表示されていた。俺は先輩がいったように機械に疎く、携帯も電話、メール、メッセージアプリ、インターネット以外は殆ど使用していないので、隣画面は覚えていないアプリが沢山あって、どのアプリを指しているのかわからなかった。 「どれですか?こっちの画面は殆ど見ないんで、よくわからなくて…。」 「え、これだよ。携帯取られた時とかに、監視アプリ入れてたら犯人確定とかにも使えるんだろ?」 先輩が指しているアイコンは赤くて丸いロボットのような絵が書いてあった。 「………?これって元から入ってるんですか?」 「いやいや…、監視アプリなんて入ってないよ。ダウンロードしないといけないから。」 「あ、そうなんですか。」 「えっ?風間もしかして自分でダウンロードしてないの?」 「……はい、してないですけど…。」 「えっ、まじ?それヤバいんじゃねぇの?」 「……どうやばいんでしょうか?」 但馬先輩の顔が不快そうに歪み、無言で見られると俺の不安は強くなってくる。監視アプリって何だろう。犯人がわかる?ダウンロードしないといけない?わからないことが多くて、こんがらがっている。 「いや………、すごく言いにくい。」 「言いにくい……?」 俺の質問には答えてくれずに、口に出すのを渋るように口元を手で隠している。でも言いにくいと言われると、何で言いにくいのか気になってムズムズしてきた。俺の中の疑問は1つも解決せずに、増えていくばかりで、知りたい欲求が大きくなる。 「……でも、そう言われると気になってしまいます…。」 「ああ、そうだよな。ごめんごめん。……ん〜、でもな折角付き合ってるのに水の差すのはな……。」 (付き合ってるのに水を差すってことは…) 「なな……、恋人と関係があるんですか?」 「あ、いやいや!そう決まったわけじゃないぞ。ただ可能性が高いなあ〜って思ってね。」 「可能性が高い?………すみません。難しくてよくわかりません……。」 申し訳なさそうな顔をしている先輩を見ていると、何がなんだかわからないがこのアプリと七瀬さんが関係があることをうっすら理解する。 「あー…、そうだよな。風間は当事者なのに何も知らないのは嫌だよな。」 腕を組みながら、首を捻り、少し悩んでから先輩は知りたいなら知ったがいいだろうと言って身を乗り出して話し始めた。 「監視アプリは文字通り、監視する機能があるアプリなんだよ。風間は何も知らなくて自分の携帯にアプリ入っているけどさ、これはパソコンで風間の携帯の通話履歴やメッセージのやり取りが見れたり、遠隔操作で写真撮ったり、GPSの追跡機能とか色々出来るらしいぞ。」 「え………。」 「びっくりするよな。俺も最初はびっくりしたわ。何で俺が知ってるかっていうと、俺の友達が恋人からこのアプリ入れられてたんだよ。束縛の強い彼女だったみたいで、通話履歴やメッセージから女とのやり取りを盗み見たり、盗撮してフォルダにいっぱい写真保存してたり、GPS機能使って四六時中行動監視したりとかしてたんだせ。自分でこのアプリ入れてると、その機能使って携帯を落としてしまった時とかに役に立つらしいけど、知らないまま入れられてるって事は風間は知らずに彼女から監視されてるって事だよ。」 「…………。」 情報量が多くて頭がうまく処理出来ない。盗み見、盗撮、監視……。物騒な言葉が沢山出てきて俺は背筋に寒気がゾクッと走り、箸を持っていた手が震えた。 俺が監視されてる?まさか。そんなことはないはず。でも監視アプリが入っているってことは実際に監視されてるってことだ。恋人が監視……。七瀬さんが俺を監視?………いや、そんな事するような人じゃない。先輩は監視している人は恋人の可能性が高いだろうって言っているけれど、七瀬さんは無断でこんな事しない。 「……七瀬さんはこんな事する人じゃないです!」  俺は大きな声で反論する。だって七瀬さんがするなんて考えられない。俺を助けてくれて、何かをするときも、俺の気持ちを尊重してくれてた。ありえない。  但馬先輩は一瞬驚いた表情をしてニヒルな笑い方をしたため、俺はびくりと身体を震わせた。 「へぇ……風間の恋人七瀬って言うんだ?」 「あっ!」 しまった。隠していたのにうっかり名前を言ってしまった。 「七瀬かぁ……俺の周りの女にはいないなぁ……。あ、そういえば七瀬ってなな食堂の店主がその名前だったな?」 「ち、違います!」  バレてはいけないと思い、すぐに否定する。でもその行動は間違っていた。 「……へぇ。風間男いけたんだ?意外だったわ」 「えっ!ち、違います!」 「本当に違ったらそんな早く否定しねぇよ。ふーん…そっかそっか。いいじゃん」 「……え。いい?」  秋鷹が言っていたように、気持ちがられると思っていたので但馬先輩の反応に驚く。 「俺も男も女もイケるからな。愛に性差は関係ないよ」 「えっ、そうなんですか?」 「うん。大事なのは中身だから」 「……へぇ」  但馬先輩の意外な一面を見て俺はびっくりして言葉が出てこなかった。但馬先輩はお酒やつまみを食べながら続きを話していく。 「まぁさっき言ったように性差は関係ないし、別に男と付き合っても全然いいと思う。けど問題はそこじゃないだろ?風間と七瀬さん付き合って日が浅いから、どんな奴かわかんないじゃん。恋人になったら豹変する奴もいたり、監視しなさそうでも裏では恋人ストーカーしてる奴なんてざらだからな。」  再び監視アプリの話に戻っていく。 「……っ、いえ!本当にそんな事する人じゃないですっ。」 「でもこのアプリは監視したい携帯、まぁ今回は風間の携帯だけど、直接携帯触ってアプリをダウンロードしないといけないわけ。つまり、風間の携帯を触れる奴じゃないと成り立たないんだぞ。」 「携帯に触れる………。」 「他人の携帯触れる相手なんて限られるだろ?風間が寝てる時とか見てない時に気付かれずに携帯に触ってる。それだったら友達とか家族でも出来ると思うけど、普通友達とか家族は監視アプリ入れないだろ?」 「…………そうかもしれませんが……、でも違うと思います…。」 「ん〜………。俺の友達の彼女の話は結構過激な子だったからなあ…。ああ、風間の恋人とは違う意味で入れてるかもな。……ああそうだ。七瀬さんはさ、もしかしたら風間が本当に自分の事が好きなのか不安で監視アプリ入れたんじゃない?」 「………不安?」 「そうそう!風間が自分の事を本当に好きか不安が大きくなってさ、風間の事が知りたいとか、行動を見ておきたいとか、他に好きな人ができてないか不安だったりして、どうしても風間の事を知りたくなって監視アプリいれたんじゃないか?」 不安と聞いて、俺は七瀬さんとのやりとりを思い出していた。七瀬さんは付き合う前から俺が元々女の人が好きだからゲイに嫌悪感はないか何度も尋ねたりしていた。七瀬さんからキスやハグはしてくれるけれど、付き合った後も俺から何か言わないとエッチな事は先には進まなかった。頭では絶対違うと思っていても、もしかして…と考えてしまう自分もいて、綺麗な水に真っ黒な墨汁を一滴一滴と落とすようにモヤが広がってくる。 「……それは………、不安に、俺がさせてしまっているなら、俺が悪いです……。」 「いやいや、それはねぇだろ。風間優しいし。だって逆の立場で考えてみ?七瀬さんが本当に自分を好きか不安でも、相手に無断で監視するか?」 「…………しないと思います。」 「だろ?ちょっと言葉キツくなるけど七瀬さんちょっとネジが外れてると思うぞ。俺だったらそんな奴は無理だな。」 「……………。」 七瀬さんと過ごした嬉しい思い出や楽しい時間、温かい体温が鋭利なナイフで絵画に傷をつけるように、美しい思い出に目を背けたくなってくる。 「ああ!ごめんごめん!悪く言っちまって!でも風間が好きなら俺は何も言えないな!まあ完璧な人間ほど何があるかわからないけど、もし困った事あったら俺頼れよ!絶対助けてやるから。」 それから先輩があれこれ話していたが、俺は生返事だけになってしまい、内容は殆ど覚えていなかった。 先輩と別れ、携帯を確認すると七瀬さんからメッセージが来ていた。『仕事終わったよ。但馬さんとゆっくり話せたかな?夜勤頑張ってね。』いつもの優しいメッセージだが、先輩の話を聞いた後だと、いつもの嬉しい感情が湧いてこなかった。不安や恐怖……負の感情が勝ってしまってる。 七瀬さんは監視なんて事はしない。そんな事する人じゃない。 でも俺と付き合ってるのが不安で、もしかしたら…………。 七瀬さんじゃないと信じきれない自分が嫌になりながら、ぐるぐると考えが頭の中を回っていく。直接確認したらいいじゃないかとわかっていても、もし、本当に七瀬さんが監視アプリを入れているとしたら、俺は七瀬さんに対する気持ちが変化してしまいそうで怖くなった。 どうしたらいいのかわからず、バイト中もずっと考えて過ごしていた。

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