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第56話

 いつも通っている道を歩き、そこから歩いて2分。2階建の白いアパートのインターホンを押す。押す前も深呼吸を5回したけれど、ドキドキは治らない。    中から足音が近づいてきて、ガチャと鍵を開ける音がすると目の前が明るくなった。   「風間君こんばんは。どうぞ、中入って。」 「はいっ、お邪魔します。」    いつもの優しい笑顔に出迎えられ、緊張のドキドキから愛しさのドキドキへ変化する。    今日は七瀬さんちへ初めてのお泊り。七瀬さんとメッセージのやりとりをしながら、月・火曜日が休みなら泊まりにおいで、と誘われたのだ。服とか貸すから下着だけ持ってきてと言われて、下着とあるものしか持ってきていない。結構前に友人の秋鷹の家に泊まったときは色々と持っていっていたので本当に下着だけでいいのかと不安になったが、足りなければ走って家に取りに帰ればいいと思い不必要なものは持ってこなかった。   「風間君お風呂入った?」 「あっはい!入ってきました。」  「そっか。じゃあ俺入ってくるからゆっくりしてて。風間君の着替えはこれ使って。あ、冷蔵庫のもの何でも飲んでいいよ。コップは食器棚の2段目ね。」 「はい、ありがとうございます。」    七瀬さんは俺に寝巻きを渡し、着替えを持ってバスルームの前で脱ぎ出した。    (うわっ…!)    慌てて目を逸らす。一瞬七瀬さんのお腹が見えてドキドキした。バスルームの扉が閉まる音を聴いて、ホッと肩の力をを抜く。    (落ち着いて、まずは着替えよう。七瀬さんが上がってきて、目の前で着替えるのは恥ずかしいし…)    鞄を置いて、服を脱いでいくが人の家で裸になるのはなんとも言えない緊張感があった。  七瀬さんが用意してくれていた寝巻きは長袖長ズボンの灰色のパジャマで襟元や袖口にラインが入っているだけのシンプルなデザイン。  袖を通すとふわりと柔軟剤の香りが舞う。    (うわぁあ!七瀬さんの匂いがすごいする…!包まれてるみたい!)    少し大きいサイズで、七瀬さんの服を借りていると思うと悶えてしまう。少し落ち着いても、服の匂いをクンクンと嗅いで、また悶えていたらバスルームの扉が開く音がする。    (七瀬さんあがった!あ、でも今見たら裸だよね…)    見たい気持ちがウズウズしながらも、直視出来ずにベッドの方向をじっと見てやり過ごす。   「あ、飲んでなかったんだ?俺お茶飲むけど、お茶でいい?」 「あ、はい!ありがとうございます。」    ドキドキしながら七瀬さんの方を見てみると、色違いの黒のパジャマだった。    (…!お揃いだ……!)    顔に出ていたらしく、七瀬さんはパジャマを摘んで笑う。 「色違いなんだ。2つセットで売ってたんだよ。」 「そ、そうなんですか。」 「そのパジャマ着心地いいから好きなんだよね。」    お茶を2つ持ってきてくれた七瀬さんが、ソファに座り突っ立ったままの俺を呼び寄せる。隣に座ると自然と抱きしめられ、キスをした。   「1週間ぶりだね。」 「は、はい。」    付き合って2週間。数えきれないほど沢山キスをしたけれどまだ慣れずに胸を高鳴らせる。七瀬さんの微笑みがチョコレートのように甘い。 このまま、エッチなことをしてくれるんじゃないかとドキドキ胸を高鳴らせたが、身体はすっと離れていってしまう。 (あ、離れちゃった……。……寂しい。) 鞄の中身を出そうと思ったが、七瀬さんが楽しそうに食堂の話を始めたので出すタイミングを逃してしまった。 (まだ時間はたっぷりあるし、俺もいっぱい話したいことあるからまだいいかな…) それからはソファに座りながら、メッセージだけではやり取りできなかった事を沢山話していった。   「新しくバイトに来た佐藤さんすごく気がききますね。注文聞いてほしいのすぐ気づいてくれます。」 「前に飲食店でバイト経験があるんだって。正直すごく助かってる。雇ってよかったよ。」    なな食堂の新しいバイトの佐藤さんが入った。好きなインディーズの追っかけの全国ツアーを回る為に短期でお金が欲しいとの理由で働いているらしい。七瀬さんには言えないけれど、正直言うと女の人で安心した。   「あ、そういえばバイト先で不思議な人がいたんです。ここ最近の常連さんなんですけど、連絡先も知らないのに『また連絡するね』って言われたんです。誰かと間違えたみたいで。」 「へえ。よっぽど似てたんだね。でもまた連絡するってわざわざ言うって、何かその人危なそうだね。風間君、その人相手する時は近くに誰かいてもらったがいいよ。」 「そうですかね…?でもその後は話しかけられないので違う人って気づいたみたいですけど。夜勤は2人体制なので大丈夫ですよ。」  コンビニは色んな人が来るので中には特徴的なお客さんもいる。毎週決まった時間に週刊雑誌を立ち読みしに来る人、決まったものを毎日買う人、一言絶対文句を言っていく人など来店回数が多ければ自然と顔は覚える。また特徴的なお客さんが増えたなぁと顔を思い出す。   「店長さん大丈夫?まだ新しいバイトの子来ない?」 「あ、この前1人バイト希望の人が来たみたいです。別のバイトと掛け持ちで週3回みたいでまだ店長いっぱいシフト入らないといけないですけど、少し楽になりますかね?」 「全然違うと思うよ。良かった、もっと増えるといいね。」 バイトを始めるとき、新しいバイトの人が入ったら辞めると言っていたけれど、店長さんの様子を見ていると辞めますとは言えなかった。店長さんも俺が言ったことは覚えていてくれて、話し合って、夜勤してくれる人が入ったら辞める方向になった。  色んな話をしているうちにあっという間に時間は過ぎ、日付が変わる時間になった。 「明日朝ごはん作るんだけど、風間君よかったら一緒にお味噌汁作る?」 「いいんですか?作りたいです。しっかり習得します。」 「よかった。じゃあ…遅くなったし、そろそろ寝ようか。」 「あ。」 「どうしたの風間君?」 「あ、あの……、七瀬さん。」    俺は自分が持ってきた鞄に目を向ける。七瀬さんとの会話が楽しくて忘れてた。   「鞄がどうかしたの?はい、どうぞ。」    鞄を置いていた位置が七瀬さんの方が近くて、取って俺の膝の上にちょこんと乗せてくれる。俺は鞄からおずおずとあるものを取り出す。   「え……」 「こ、これ……。」    俺はドラックストアで買ったコンドームとローションボトルを手に持った。            

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