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第64話
七瀬さんを頼りたい気持ちもあったが、問題が解決していない今の状態で会うのは俺には難しい。
「会うの気まずいのに、七瀬さんに頼むのはちょっと……。実家も電車とバス乗り継げば1時間半ぐらいだし、遠くはないよ?」
秋鷹が提案してくれたけれど、できる気がせずに実家から通う案を出す。別に自分の家でなければ、七瀬さんの家以外でもいいはずだ。実家にも丁度帰りたいって思っていたのでその選択が良いと思った。俺の返答を聞いた秋鷹は眉間に皺を寄せて、怪訝な表情をする。
「じゃあストーカーの事は一旦置いといて、監視アプリの事話そうか。まぁ俺は七瀬さんに頼ったがいいって思ってるから、解決しないと頼れないし。」
「………常連さんのことは七瀬さんに頼らないってのは、ダメかな…。」
「駄目じゃねぇけど……直、今日俺に七瀬さんの事相談に来てるって事は、ストーカーだけじゃなく七瀬さんの事も解決させたいから俺に相談したんだろ?」
「………うん。」
「もしこのまま逃げても、直は疑心暗鬼な気持ちから変な態度になって七瀬さんと気まずくなると思うぞ。直は隠し事うまく出来る自信ある?」
「う……、」
顔に出やすいとよく言われるので、七瀬さんに会ったら確かに変な態度になりそうなのは目に見えている。
「自信ないよな?直の態度が変わってしまったら、不思議に思って七瀬さんは問い詰めると思う。そしたら直はアプリの事話さないといけない。結局話すならさ、いきなり話してって問い詰められるよりも、直からしっかりと話した方がいいんじゃないか?」
「…………。」
秋鷹が言ってることは納得できた。聞きたくないって逃げても、わかりやすい俺は態度でバレてしまうんだ。会わないって選択も出来るけど、じゃあいつまで会わないままでいたら、俺は大丈夫になるのかと考えると多分、結構な時間がかかると思う。でも俺が大丈夫になるまで何も言わずに七瀬さんはそんなに待ってくれるだろうか。……待ってくれそうな気もするけれど、その分距離が出来てしまって、逆に七瀬さんが俺から離れていってしまうかもしれない。
「……うん。そうだよね…。」
逃げてしまったら、七瀬さんとその分距離ができてしまうし、いつかは話さないといけない。
……でも俺の中で、まだ対面する不安も怖さもなかなか消えてくれなかった。煮え切らない俺の返事に、俺がまだ渋っているのを感じたのか秋鷹は優しく話しかけてくれる。
「実は直の話聞かせてもらったて、俺はすごいなって思いながら聞いてたぞ。」
「すごい?どこが…?」
どっちかというと自分で判断も出来ない、情けない奴だと思うけれど…。
「だってさ七瀬さんが監視してるかもしれないって疑ってる今でも直の好きな気持ち変わってないよな。」
「…変わってないかな?七瀬さんの事疑ったりしてるし……。」
「ああ。色々ごちゃごちゃ考えてるみたいだけど変わってないと思う。だって直はさ、監視してるかもしれない疑ってる七瀬さんに対して、引いてもないし、軽蔑も嫌悪の感情も出てきてないだろ?」
「……うん、そうだね。それはないよ。」
不安や怖さはあったけれど、嫌悪感などの気持ちは起きてこなかった。
「それがすごいよ。俺は多分監視されてるって聞いただけで無理だ。あと、直が七瀬さんの話する時、好きだから辛いんだろなってわかるぐらい顔に気持ちが馴染みでてたぞ。それぐらい七瀬さんを思ってるんだから、気持ちがブレなきゃ後は七瀬さんの気持ち聞くだけだ。どーんと構えていればいい。」
そういえば但馬先輩も秋鷹のように無理だと言っていたな。
でも秋鷹に話してる時も、七瀬さんを好きな気持ちが伝わったんだ。七瀬さんから来るメッセージを見ると、辛くて、苦しくて…、でも泣きそうなぐらい嬉しくて…。そんな色んな感情が渦巻いているけれど、秋鷹に伝わるぐらいちゃんと俺は七瀬さんの事が好きなんだ。ぐらついていた自分の気持ちを肯定的に捉える事ができて、不安が少し軽くなる。
「どーんと構えて、聞いたらいいかな…?」
「ああ。直は逆に七瀬さんを疑ってしまってる自分に嫌悪感を抱いてるみたいだけど、普通監視アプリ入れられたら恋人疑うのは普通だからな。俺でも舞衣疑うわ。別に疑うのは悪くないけど、疑って一人でもやもやして、落ち込むの馬鹿らしくないか?先延ばしにしても、結局話し合うんだ。それならパパッとはっきりさせた方がいいと思うぞ。」
「………うん。」
秋鷹がごちゃごちゃ考えて絡まった糸を解けやすくしてくれたお陰で、漠然とした不安や恐怖だったのがなくなり、前へ進めそうな気がしてきた。
疑う事にすごく罪悪感や嫌悪感を感じていたけれど、それは悪いことじゃなくて普通の事で、自分の好きの気持ちが変わりそうだと思っていたけれど変わらないままだった。
「直の不安に思ってる七瀬さんの反応は、ぶっちゃけ七瀬さんに聞いてみないとわからない。逃げたくなる気持ちもわかるけど、逃げても問題を先送りするだけでいい事ないだろ?」
「……うん。そうだよね。」
秋鷹が何度も『逃げない』と言ってくれたお陰か俺はやっと、秋鷹の意見にはっきりと肯定することが出来た。秋鷹を真っ直ぐ見つめると、一瞬目を見開いて微笑んだ後、俺の頭をポンポンと優しく叩いてくれる。
「俺は、直が思ってるような悪い結果にはならないと思う。むしろお互いに気持ち確認して、距離を近づけるいい機会だと思うぞ。だって恋愛が続くのってさ、結局嫌なところが見えた時にそれを受容して一緒にいたいかいたくないかの結果に過ぎないと思うんだ。今回の事があっても直は一緒にいたいって思ってる。あとは七瀬さんも一緒にいたいって思ってくれているのか聞けばいいんじゃないか?」
「うん…、ありがとう。どーんと構えて、パパッと解決させるね。」
「おう、その意気だ。」
こうやって秋鷹に相談して、秋鷹に気持ち整理してもらえたけれど、結局最後は七瀬さんに聞かないと解決もしないし、事実何も変わらない。やっぱり怖さはまだ消えないし、不安も残ったままだけど、確認するしかないんだって逃げの姿勢から受け止める姿勢へと変化することができた。勇気を出して、鞄の中から携帯を取り出す。
何度か深呼吸をして、気持ちを落ち着かせて俺は根津店長にバイトの休みの電話をした。店長が大変になるのに心配する言葉だけで他は何も言われなかった。その事に感謝しながら、仕事中の七瀬さんに今日会いたい旨のメッセージを送り、返事を待つ事にした。メッセージを送り終えてしまっても緊張が取れずにそわそわしていたら、秋鷹がどこか一点を見つめ、考え事をしていた。
「秋鷹どうしたの?」
何か思いついたのだろうか?眉間に皺を寄せて俺を見てきた。
「……直さ、もし監視アプリ入れたの七瀬さんじゃなかった時さ、話し合い落ち着いてからでもいいから俺に電話してくれないか?」
「え、それはもちろんいいけど……、七瀬さんが監視してなかった時だけでいいの?」
「ああ。七瀬さんが監視してたって自白したら恋人同士の問題だから俺が口挟む事じゃないし。してなかった時は……、いや、十中八九、七瀬さんだから大丈夫だろ。」
「何だよそれ。決めつけて……。聞いてないんだからわかんないでしょ。」
「ああ、そうだな。すまんすまん。」
沈黙の時に、ふと一瞬見せた秋鷹の顔が怖かったけれど、すぐに笑顔になったので気に止めなかった。待っている間、秋鷹と一緒にネットでICレコーダーを調べて良さそうな物を注文をし、それを終えるとこれから七瀬さんに会うことを考えるとドキドキし過ぎて落ち着かなかった俺は、一階に降りて大雅君が寝るまで一緒に遊んで気を紛らわせた。
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