69 / 80

第68話 10:42✳︎✳︎

注意!物語の展開上、この後不快な表現(嘔吐、無理矢理等)が出てきます。無理せず読まれて下さい。特に注意すべき話の時は✳︎✳︎を表題につけています。 ----------------------------------------------  七瀬さんの部屋を出る時、鍵がないことに気づき焦ったが、玄関横の靴棚の上に小さい黒皿があり、中にぽつんと置いてあった。七瀬さんがいつも持ち歩いているキーケースに車の鍵と家の鍵が付いていたので、予備の鍵だとわかった。人の家の鍵を勝手に使うのは申し訳なくて、七瀬さんに電話をしてみたが準備で忙しいのか電話に出なかった。あれだけ頼まれた但馬先輩の約束を反故する勇気もなく、俺は直接食堂で直接言いに赤青という結論になった。 外に出るのもやっぱり怖くて、何度もスコープから外を覗き、深呼吸を何度か繰り返して気持ちを落ち着かせた後、意を決して外に出た。キョロキョロと周囲を見渡し、周りに人がいないこと確認してホッと息をはく。  七瀬さんの家はなな食堂から徒歩2分の場所なのですぐ食堂が見えてきた。店の前にはまだ11時前にも関わず、7.8人程の行列ができていた。人気が落ち着いたと言ってもまだまだ人は多く、特に今日は土曜日なので混雑するだろう。 食堂の裏手に回り、裏口から食堂の中を覗くと七瀬さんがいた。慌ただしく準備している姿を見て邪魔するのは嫌だなと思ってしまう。 (どうしよう…。1〜2時間なら七瀬さんに言わないでも大丈夫かな…?七瀬さんが帰って来たときには戻ってるし…。) うだうだと考えていたら七瀬さんがこっちに気づいてくれた。その表情は驚きで目を見開き、野菜を切っていた手をすぐに止めて俺の元へ駆け寄って来てくれる。 「風間君?!どうしてここに…、何かあったの?!」 「え、えっと!違います…っ」 七瀬さんの慌てように、心配をかけさせてしまって心苦しくなる。 「違うの?じゃあ何でここに…?」 「心配かけてすみません…。あの…、さっき但馬先輩から連絡があって、」 「但馬さんから…?」 「はい。先輩の姪っ子が1歳の誕生日みたいで。秋鷹の子どもが1歳なので、友達の俺なら好きな玩具がわかるだろうから、一緒にプレゼントを選んで欲しいって頼まれたんです。」 「……プレゼント選び…。」 「はい…。それが誕生日が明日みたいで、他に頼れる人がいないって言われてしまって…、1〜2時間で帰ってくる予定なんですけど、七瀬さんの自宅の鍵勝手に拝借してしまって…すみません…。」 「そっか…。俺の家の鍵は全然そのまま持っていいけど、風間君は昨日の今日で大丈夫…?無理しない方がいいよ。」 「俺は……大丈夫です…。…というか七瀬さん、鍵持ってていいんですか…?」 「それはいいよ。いつか渡そうと思ってたから。」 合鍵をくれるという事…?思ってもいない出来事に嬉しさが込み上げてくる。 「本当いいんですか…?」 「うん。また使ってね。」 「はい!ありがとうございます…。…じゃあいってきますね。」 「うん。気をつけてね。あと…心配だから、終わったら連絡くれる?」 「はい、わかりました。」 七瀬さんに挨拶して駅に向かって歩いていく。俺の家から駅まで大体20分だが、食堂からは15分程で着く。出発地点は違うが駅に行く道は同じなので、特に迷わず進む事ができた。するとポツ、ポツと小雨が降ってきて顔に当たる。雨が強くなる前に駅に着こうと速足で向かっていき、10時42分に駅前に着くことが出来た。但馬先輩からはまだ連絡がなかったので、駅の西口付近で待っている事を伝える。東口でもよかったが、コンビニが見えるので避けてしまった。  先輩が来たらすぐわかるように、円柱の柱を背に視線を上げて行き交う人々に目線を向ける。ガヤガヤと音がして、老若男女人が溢れていた。気を張って歩いていたが、これだけ周りに人がいると、自分自身も人混みに紛れているのでかえって安心して待つことができた。連絡が来るかもしれない携帯に目線を落としていると俺の名前を呼ぶ声が微かに聞こえた。 「……ん、風間君。」  左肩をトントンと叩かれて、振り向く。 「あ、は………ぃ」  振り向いた先には、見下ろされるように知った顔が俺を見ていた。いつもは視界を遮るような長い前髪が今は片方だけピンで留められ、細めの瞳が俺を捉えている。俺は目線を外すことも出来ず、ヒュッと喉の奥から空気が漏れる音だけを発した。 「ごめん、待たせて。本当はもっと早く来るつもりだったんだけど、準備に手間取っちゃって。」 「…………ぁ…。」  まただ。俺の知らない間に連絡を取った事になっている。そして何で俺の場所がわかったんだろう。ここは駅の中で、人に溢れているのに、何でピンポイントにこの場所、この時間、俺がいるのがわかった…?秋鷹に相談したときに、アプリは消してるし、俺の行動がわかる筈ないのに。……常連さんから監視されてる…?でもどうやって…?頭に疑問が沢山浮かんでくるが、言葉として外に出ていかない。 「今日は誘ってくれてありがとう。すごく嬉しくて、眠れなかった…。そういえば昨日バイト来てなかったね?どうしたの?」 「…………っ。」  にこやかに話しかける顔が怖かった。俺は言ってない。俺を誰かと間違ってる…?常連さんの妄想…?誰かが俺のふりをしてる…?いや、もうそんな事はどうでもいい。逃げたい。ここから逃げたくてたまらない。そう思ってるのに何故か身体は金縛りにあったように動く事が出来ない。 「風間君大丈夫?なんか顔色が悪い…?身体疲れてるのかな?」 「…………。」  助けを求めたいのに何て助けを求めたらいいか言葉が出てこない。怖い。息がしにくい。息が苦しい。 「大丈夫…?あっ、背中さするよ。」 「っ!!…っ!」  俺は伸びてきた手を思いっきり叩いてしまった。肩で呼吸をしながら、唖然としている常連さんの顔を見る。 「あ…、急に触ったらびっくりするよね…。ごめんなさい…。えっと、どうしたら……、あっ!そうだ。」  そう言って黒い大きめのバッグをゴソゴソとし始める。俺は向こうの視線が外れた事で、強張る身体を少しずつ後退し距離をジリジリととっていく。 「はいこれ!プレゼント。」 「………っ。」  突き出されたプレゼントを前に俺は無言で首を横に振る。怖い。もう嫌だ。誰か助けて。何でこんなに人がいるのに誰も助けてくれないんだ。息が苦しい。うまく息が吐けない。 「風間君が欲しいって言ってくれたから毎日頑張ったんだよ?ほら、これで元気になるよ。」  小さな小袋に入った中身が見やすいように俺の目の前に差し出される。視界にジャム瓶のような小さな銀蓋が見えた。なかなか受け取らない俺を不思議そうな目が覗く。 「あ、そっか、後で使うから…、うん、俺が持っとくね。風間君、身体キツいなら先に休もうか?俺場所調べてるから連れていくよ。休んでから色んな所に行こうよ。」 「………っ!!」  手首をグッと捕まれ、反射的に手を退けようとしたが、思いの外握られている力が強く、俺の腕はビクつくだけで終わってしまった。連れて行く…?いや…、嫌だ!離して!何で離れないの?どうしよう。どうしたらいいの。誰か。助けて。誰か。七瀬さん。秋鷹。兄さん…っ。 「あ、風間いたいた!すまん待たせたなー。」 「……っ」  声のした方に目を向けると、但馬先輩が手を振ってくれていた。先輩の姿を認識出来たとき、ドッと身体の力が抜けていくのを感じ、目からは溢れるように涙が出てくる。先輩だ。先輩が来てくれた。先輩、助けて。お願い、助けて下さい。先輩はボロボロと泣く俺の顔をジッと見た後、俺の手を掴んでいる常連さんに目線を向けた。 「お前誰だ?」 「え、お、お、俺ですか?俺は、の、野次原ですけど…。」 先輩から急に話しかけられてテンパってるのか、しどろもどろに返答している。今の先輩からは、あの有無を言わさないオーラが出ており、初対面で警戒しているようなのに常連さんはあっさり名前を返答した。 「野次原…君?何で風間の手握ってるのかな?泣いてるよ。」 「泣いて…?わっ本当だ!風間君大丈夫?もっとキツくなっちゃったかな?休ませないと…。」 「……なあ、風間。」 「………っ」  但馬先輩が俺に目線を戻して名前を呼んでくれたので、返事をしようとしたが息だけしか出てこない。苦しい。先輩助けて。手を離して。逃げたい。 「風間は野次原君と知り合いなの?」 「………っ」  声を出して違うと言いたかったが、出てくるのは空気ばかりで、首を左右に振って意思表示をした。そんな俺を見て常連さんは驚愕の表情を浮かべた。 「知らない?え、いやいや、ずっと、連絡していたし、コンビニでいつも会ってたよ?何でそんな事言うの?」 掴まれた腕が痛いぐらいに握られて俺は驚きと恐怖で血の気が引いてきた。助けて。逃げたい。気持ち悪い。吐きそう。すると但馬先輩が常連さんの腕を掴んで、俺から切り離すように捻りあげる。 「ぎゃあああ!痛い痛い痛い!」 「風間は知らないって言ってるぞ。」 「痛い痛い!離して!離してよ!」 「風間は知らないのに連絡したってどういう事だ?」 「は?!連絡って、それはずっとメッセージ送りあってたよ…!…ああっ!痛い痛い!」 「本当か?なら携帯見せろ。」 「ううう!痛い痛い!わ、わかったから!手!手を離して…!」  常連さんは背は高いけど細く身体には筋肉はついておらず、腕の筋肉が盛り上がっている但馬先輩には敵わないようで、あれ程手首を握られた時に力が強いと感じていた腕力もなす術なく固定されている。大声を出したことで駅を通り過ぎて行く周りの無遠慮な視線が集まっていたが、俺も周りの傍観者と同じように2人のやり取りに口を挟まず見ていた。 携帯を取り出すために、但馬先輩から手を離された常連さんは慌ててズボンのポケットから携帯を取り出している。 「こ、これです…!え、ああっ!」  常連さんは携帯画面を但馬先輩に向けていたが先輩はその携帯を奪い取り、至近距離で画面を覗く。但馬先輩が見ている間、俺と常連さんは言葉を発さずにその様子を見ていた。周りの人は騒ぎが落ち着いたので、興味を失くしてそれぞれの目的地へと向かっていく。 「風間。」 「………はぃ…」 「これは見覚えあるのか?」  手を離され、但馬先輩が来たことで少しずつ呼吸が落ち着き、声を出すことができた。雑音の中で消えてしまいそうな小さな返事をすると、携帯画面を俺に向けてくる。画面をよく見ると写真のようだった。 「………ぇ」  その写真を見て俺は呼吸を忘れて止めてしまう。え…?何…?何で…?どういう事…?吐き気に似た気持ち悪さが胃からせり上がってくる。  画面には俺と思われる男が全裸でベッドに横になっていた。何も反応出来ない俺に但馬先輩は更に確認していく。 「他にもある。これは?」  そう言って画面をスライドさせ、次々に写真を流していく。全部俺の写真だった。そしてその写真は全く身の覚えのない写真。明後日の方向を向いていたり、真面目な顔でカメラ目線の写真もあった。意味がわからない。なんなんだ。なんで常連さんが俺の写真を…?あ…七瀬さんが言ってたように常連さんが監視アプリを入れてたって事……?え、でもいつ…?俺が知らない間にどうやって…?  寒くもないのに歯がガチガチと震えて音を鳴らす。怖い。怖くて堪らない。どうしたらいい。助けて。助けて。 「風間。俺を見ろ。俺がいるから。ちゃんと守ってやる。落ち着け。」 「………っ、但馬、先輩……っ。」  涙を流し、歯を震わせながら但馬先輩を見ると、ハヤナで助けてくれた時と同じ頼もしい顔で俺を見てくれていた。あの時もどうしていいかわからなくて、逃げ出したくなった時、先輩が助けてくれたのだ。仕事で辛い時、俺をいつも助けてくれたのは但馬先輩だけだった。先輩だけ。今も俺を助けようとしてくれてる。俺は先輩に縋り付くように、先輩の腕を握る。 「………。風間、もう一回聞くぞ。見覚えあるか…?」 「……っう。な、ないです……っ」 「わかった。」  絞り出すようにして出した声は但馬先輩に届いていた。 「野次原君、風間は嘘つくような奴じゃない。君は勘違いしてるみたいだ。」 「え、いや、だって写真風間君だし、ずっとやり取りしてました!風間君!ほら!これ約束したプレゼントだよ!ずっと欲しいって言ってたよね?覚えてるでしょ?ちゃんと見たらわかるでしょ?」 「……っ!やっ!」  パリンッ 「あ……、」 「ああああっ!」  押し付けられるように小袋が目の前に差し出され、恐怖で振り払ってしまった手が当たってしまい、その反動で小袋は常連さんの手から離れ地面に落ちていく。そして硬いタイルの上に落下した瓶は袋に入ったまま中で割れる音がした。悲痛な叫び声を上げながら、大事そうに袋を持ち上げる常連さんを俺は何も言えず見つめる。常連さんが袋を持ち上げるとカチャ、と中でガラス同士がぶつかる音が聞こえ、袋の中から割れた瓶の中身の臭いが鼻に届いてきた。 (この臭い……) 「ぐっ、臭え。」 「折角のプレゼントが……。」 「プレゼントってお前……、これ、」  唖然とした顔で、但馬先輩はそれ以上言わなかったけれど、多分俺と同じモノを思い浮かべている。袋の中からチラリと見えたドロリとした白濁液。特有の臭いを更に発酵させたような鼻に残る嫌な臭い。俺は込み上げてくる吐き気を我慢することが出来なくなった。 「う、うぇぇ……っ」 「風間!」 「か、風間君っ!」  胃の中の物が逆流し、俺は駅に盛大に戻してしまった。周りが騒めき、悲鳴や罵倒が聞こえる。俺の背中に誰かの手が触れて、常連さんかと恐怖したが但馬先輩で安堵する。 「….おい、お前。そんな気持ちの悪い物渡そうとしたり、ここにいるってことは風間つけてたからだろ?お前ストーカーか。」 「え、そ、そんな!……家までついて行った事はあるけど…、ここは待ち合わせをして来たんだ!連絡取ってる!」 「ついて行ったことあるんだな?連絡は風間はしてない。誰かと間違ってるだろ。」 「間違ってない!だ、だって、携帯見ただろ?」 「この連絡先は風間じゃない。信じられないなら見せてやる。すまん、風間。ちょっと携帯貸してくれるか?」  但馬先輩から言われて、俺は片手は口元を押さえながら、もう片方の手で携帯を先輩に渡した。先輩は携帯を操作し、常連さんに2つの携帯を並べるように見せている。すると画面を見た常連さんは身体に電気が走ったようにブルブルと震え出した。 「そ、そんな……。」 「悪用されると困るから全部は見せねぇが、これが風間の連絡先だ。アドレス、全く違うだろ?お前は誰だか知らないが、風間と勘違いして連絡を取り、家に着いて行ったりストーカー行為をしたんだ。言っておくが……、ストーカーは犯罪だからな。」 「……っ!!」 「……で、俺は今までの会話を全部録音してる。」 「え……。」  常連さんの顔が蒼白になっていたが、俺もびっくりして但馬先輩を見つめる。取り出した但馬先輩の携帯画面は録音の状態になっていた。 「そして、ここは駅だ。お前周り全然見えてないけど、見てみろよ。」 「あ…あ……、」  常連さんが周りを見渡すと、興味本位で見ている人、ある人は携帯で録画してる人もいた。 「俺はお前がこれ以上風間に危害を加えないなら、この録音データは消してやる。でももう周り何人か録ってから、SNSにアップされたりするかもな…。…いつまでもこんなところで騒いでて大丈夫かストーカーの野次原君…?」 語尾を強調して言った但馬先輩の声は周りに集まった人にも届いたようで、ざわざわと騒がしくなる。常連さんはブルブルと震えだし、逃げようと俺たちに背を向ける。 「ひぃっ……!」 「おら、待てや。」 「ぐえっ」  逃げようとする常連さんの服を引っ張り引き寄せると但馬先輩は地を這うような低い声で問うた。 「今後一切風間に近づかないか…?」 「ち、ち、ち近づきません!約束します!」 「ならいい。」 「…あ!」 「あ?」 「そ、そ、その!手に持っている、け、け、携帯を……っ」 常連さんは先輩の腕が首に絡みつき、目の前に握られた携帯が目に入ったため思い出したのか、携帯を取ろうと手を伸ばした。それを先輩はゆるりと逃れる。 「ああ…、そういえばお前、風間の写真データ他に移してる?」 「え、いや、携帯だけ……」 「じゃあよかった。」 「え、あ!あああ!!」  但馬先輩は常連さんの携帯のカバーを剥いだ後、地面に落として持ってきていた傘を画面に向かって何度も突き刺している。液晶画面が消え、パラパラと床に散らばっていく。悲痛な叫び声に耳が騒つく。俺は呆然とその行為を見ながら、但馬先輩がボロボロになった携帯を相手に渡している。 カシャ。 「野次原君の顔もばっちり撮ったから、何か悪い事考えようとか思わないでね?あ、そうだ。澤田組って知ってる?風間君、実は組と関係があるんだよね。俺はある人の使いでずっと内緒で風間君を見てたんだ。ってか野次原君、今日周りにいっぱい人がいてよかったね。俺もあんまり騒ぎに出来ないからさぁ〜。まぁ次がないことを祈るよ。……俺さ、人が見てなかったら何するかわからないし。ね?」 「………っ!!」 常連さんの耳元で呟いていた先輩が何を言っていたかわからなかったが、常連さんの顔は幽霊でも見たような真っ白になり、騒然とする駅内の人に紛れて脱兎のように逃げた姿は見えなくなった。俺は何も出来ないまま、但馬先輩が助けてくれるのを眺めているしか出来なかった。 「風間きつかったな。もう大丈夫だ。」 「た、但馬、先輩……ぃ」  涙と鼻水と吐物で顔がぐちゃぐちゃなりながらも、但馬先輩は嫌な顔一つせず、俺の背中を撫で、先輩が持っていたタオルで顔を拭いてくれる。 常連さんがいなくなった。もう俺には近づかないって言ってくれた。もう気にしなくていいんだ。俺は何も出来なかったのに、また但馬先輩が助けてくれた。 「…せ、先輩……。ありがとう、ございます…っ。」 「いいよ。ほら、これ飲め。俺の飲みかけで悪いけど。口の中気持ち悪いだろ?」 そう言って半分程入っているミネラルウォーターをキャップを開けて渡してくれる。 「あ…すみません…。買って返すので…。」 「ばぁか。気にするな。」 そう言って頭を撫でられる。吐物で口の中が気持ち悪かったのでありがたく頂戴する。少し甘みを感じるお水でさっぱりとさせた。 「…よし。風間今キツイだろ?家に帰るか。」 「あ……でも買い物が…。それに床も汚しちゃって……。」 「買い物はどうにかなる。床は……あ、駅員さんに頼もう。ほら、歩けるか?」 「………はい。……あれ?」 足に力を入れようとしたら、逆に力が抜けて立てなくなってしまった。 「気が抜けたのか?じゃあほら担いでやる。」 「え、そんな…、悪いです。」 「いいって。風間の家まで連れて行ってやるよ。」 但馬先輩は背中を差し出し、俺はおずおずと首に手を回した。身体をグッと引き寄せられ、軽々と背負われる。 「ほら、行くぞ。」 「………はい。ありがとうございます。」 極度の緊張から解放され、先輩が歩く度に心地よい揺れを感じ、頼もしい背中に身体を預けながら俺の家へと向かっていった。

ともだちにシェアしよう!